深夜、走る箱のなかで

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「大丈夫かい?」  自動販売機を前に肩を落としていると、背後から声をかけられた。さっきのおじさんだ。 「ええ……」  咄嗟に嘘をついてしまう。気を使わせるのが申し訳ない。 「そうか。なら、自動販売機かわってくれないか?」  おじさんは自動販売機の前にたつと、小銭をいくつかいれ、ココアを押した。がたんと音をたてて落ちてくると、ココアを拾って、流れるようにもう一回お金をいれる。 「レモンは飲めるかい?」  え、と驚く暇もなく、おじさんはほっとレモンを購入してしまった。  取り出し口からほっとレモンを出すと、おじさんは僕に差し出しながら、 「ちょっと一杯付き合ってくれよ。隣の席に誰もいなくて退屈でさ」 と、自動販売機横のベンチに目配せした。  少しでも外にいたかった僕は頷きかけたが、手首にある、中学入学祝いに父から贈られてきた腕時計で時間を確認し、そうもしていられないことに気づいた。 「でも、もうすぐバス発車やで」 「なら、隣の席にきてくれよ。なぁに、誰もいないから文句ないって」  おじさんはそう言ってバスに向かって歩きだした。まだ外の空気をすいたい身体を無理やり動かして、僕はおじさんについていく。
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