深夜、走る箱のなかで

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「そうなんよ。母さんは昔家を飛び出して、父さんと別れてさ。それ以降、父さんとは会ってへんねん」 「ははぁ……それは大変だったろう」  それだけで何か悟ったようなおじさんに、僕は、人生経験を積んだ大人はやはり違うなと、おじさんを見る目が変わった。  おじさんはとても聞き上手だった。  いつしか僕は、父がどういう人か、今どうしているのかという興味、母への不信感、けれど僕には母しかいないこと、昔両親といて幸せだった話をしていた。今まで誰にも話したことがなかった心の内が、あまりにも自然に口から流れるように出ていた。  おじさんはとても親身に話をきいてくれて、僕の心に入り込みすぎるくらい共感していた。おじさんの目は何かを耐えるように、赤く充血していった。 「おじさんはどこ行くん?」  知らない人とはいえ、つい喋りすぎたと思った僕は、おじさんのほうへ話を振った。  おじさんは眼をこすり拭いて答えた。 「行くというか、帰るんだ。探している人がいたんだけど、見つからなくて」  僕と同じだ、と思った。  僕も父に会いに行くとはいうものの、市までしかわからず、それ以上細かい住所はわからない。  困ったらお互い様だ。おじさんにほっとレモン奢ってもらったし、と、僕にできることは大してなさそうだが、気休め程度にこう提案してみた。 「協力しよか? こっちの地方で知ってることあれば教えるで」 「そうだね。それはありがたいな」  おじさんはショルダーバッグから手帳を取り出すと、何か書いて、丁寧に畳んで僕に渡した。 「これ、連絡先。今は疲れてるだろうし、宿泊先のホテルとか、落ち着いたらでいいから」  ありがと、と僕が告げてポケットにしまうと、おじさんはココアを飲み終えて、腰をあげた。  いつの間にか、バスは二回目のトイレ休憩に停まっていた。どれだけの時間、見知らぬおじさんと話していたのだろう。 「さぁ、そろそろ、乗客の皆さんもお休みになると思うから、おしゃべりはやめにしよう。トイレ休憩に行って、キミも休んだらどうかな。話して身体も楽になったようだし」  酔っていたのに気づかれていたのか。  話に夢中になっている間に、すっかり忘れてしまっていた。身体は知らぬ間に何事もなかったかのようにピンピンしている。
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