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追いかけていったギターボーカルはほどなく戻るだろうが、逃げてしまったベーシストはどうなるかわからないようだった。
「万が一、戻ってこなけりゃ、うちのベーシストを貸すよ」
オレはそんな思いつきを口にした。
「おい、なに勝手に」
「ライブを無料で観て、さらにお金を貰おうだなんて虫が良すぎんだよ、それくらい働け」残りのふたりに目配せする。「あ、ふたりがよかったらの話だからね」
「俺は良いって言ってねえよ!」
人清が吠えるが無視する。ふたりは顔を見合わせて、ひそひそ相談している。
「安心しな、こいつ天才だから」
オレは言ったが、初対面のでかい梅干しみたいな小男を信用する根拠にはちと乏しいかと思い直して、付けたす。
「こいつが演奏でトチったらオレのギター、オマエたちにくれてやるよ」
ハッと人清は驚いた顔をする。七介、とつぶやくとふたりに向けて笑みを見せた。
「力の限り、演奏させてもらうよ。けど、失敗したらごめんね。俺が失敗したら、いや、ないと思うけど、失敗したら七介の二十万のギターが手に入るわけだけど、さすがにそんなの受け取れないよね? でも一回受け取っておこう。あとで返せばいいよ。俺から返しておくから、絶対俺に直接渡してくれよな、な!?」
「取引してんじゃねえ! オレの信頼で金儲けしようとすんな!」
思わず肩を小突いた。ダウンジャケットに全部吸収された。
緊張感のかけらもないオレたちのようすに、顔色を戻しながら彼らは頷いた。
「もし、もしも、そうなるようなことがあったら、よろしくお願いします」
言ったギタリストは出ていった残りのメンバーを信じていた。いっぽうでドラマーは控え室に取って返すと譜面を持ってきた。彼のほうが用心深いようだった。
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