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――けっきょく、ギターボーカル氏はベーシストの説得に失敗したものの、ひとまず連れ戻すことはできたそうで、彼は会場の隅で佇立していた。
本当にすべてが嫌になっているのならこうして戻ってくることはなかったろう。あとはきっかけさえあれば、彼もステージに立てるはずだ。
開演だ。
演者四名に光が落ちる。演奏がはじまる。
それは誰でも知っているような有名な曲で、さほど難しいというわけでもない。初ステージには最適な選択といえた。ギターボーカルは慣れた手つきでピッキングしながら歌っている。ピッキングの位置に正解はないが位置によって音色は変わる、彼はネック寄りで鳴らしていた。このフレーズならオレであればセンターピックアップあたりで鳴らすだろう。
演奏自体は悪くない。恥ずかしながらオレ自身の初ステージはもっと声がうわずっていた気がする。
中三の夏だった。受験勉強なんかクソくらえと思っていたはずだが、なんだかんだ高校に入れるていどの学力はついていた。いや、ちがう。店長に勉強させられたのだ。嫌すぎて記憶から消していた。ステージに立たせてやらないぞ、とかなんとか脅されたんだった。ひどい話だ。ひどい話だがいまは微かに店長の気持ちがわかる気がする。
ほどよく手を抜きながら人清は弾いていた。リズムが走れば自分も走り、もたつけば自分ももたつく。新人に寄り添うような弾きかたをする。
先輩としての威厳を示し引っ張っていくような演奏もできたはずだ、しかし、それをしなかったのは却って緊張を強めてしまうと判断したんだろう。……こいつの場合、たんに身が入ってないだけの可能性もあるが。
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