月夜の言い訳

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ただコンビニに来ただけ ただシナモンロールを買いに来ただけ 二つ買ったけど、一人で二つ食べるつもりだもの 家に真っ直ぐ帰らないのは、ちょっと食べる前にカロリー消化したいだけ この橋を渡るのだって、夜道が久々に気持ちいいだけ カフェが閉まってる わかってる ただ夜の山茶花を見たいだけ ただ銭湯から流れる石鹸の香りを嗅いでみたかっただけ ただ・・・ 私が様々な言い訳をしながら辿り着いた場所のシャッターは閉まり、 2階の灯りもついていない。だけど、 天高く満月が。 ここはスタジオで自宅は別なのかもしれない。 ちょっと高まった勢いで送信してしまった 『会いたいです』 まあ、満月の仕業にしよう。 返事は・・・ そもそも携帯を持って来なかった。 そのまま通り過ぎようとすると、暗がりに白い猫がうずくまっているのが照らし出された。 「おいで」 「ミャー」 「おいで」 「ミャー」 「ミャア」 私が近づいてくる猫に挨拶代わりに返事をすると、猫は急に向きを変え、顔を一見し、走って逃げてしまった。 私は何か言ったのだろうか? 猫にはどう伝わったのだろう? そんなつもりじゃなかったのに。 走り去る猫を目で追いかけると、奥にぼんやりと光が見えた。 スタジオ裏のドアのガラス窓から光が漏れている。 誰かいるんだ。 私はそっと、覗いてみた。 女が立っている。 女は薄暗い部屋に灯る行燈の揺らめく影を映す白い着物を、 はらりと床に落とした。 露になった女の透き通るような白い背中に私は息を呑んだ。 長くて細い指が、女のうなじに伸びる。 見ちゃだめ。 見ちゃだめ。 全部、満月のせい。 ~とりあえず、ここでは完~
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