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建国記念日? 建国記念の日?
この記事を書いているのは、2月11日です。
そうです、「建国記念の日」です。
建国記念日 ではなくて 建国記念の日
ここ、間違えやすいので注意😉
✕ 建国記念日
◯ 建国記念の日
なぜ、「の」が入っているのか?
建国記念の日は戦前、「紀元節」と呼ばれていた日でした。
紀元節というのは、初代天皇である神武天皇の即位をお祝いする日。
神武天皇は神話上の天皇です。
存在がファンタジーなわけです。
それで、記念日として制定するには歴史的根拠が薄いということで
「記念の日」と、ちょっとぼかした表現になっているわけです😅
じゃあ、神武天皇の即位を2月11日とした理由は?
となるのですが、60通りある干支の中の一つ、「辛酉」の年には
革命が起きると言われています(ちなみに、辛酉は58番目の干支です)。
革命が起きる年であれば、日本が誕生してもおかしくないだろうということで
辛酉の年に神武天皇が即位したということにしました。
ということで、神武天皇の即位の日は、旧暦での紀元前660年1月1日に設定されました。
これを新暦に換算すると、2月11日になります。
現代の「建国記念の日」は祝日で、学校はお休みですが、
戦前の「紀元節」は、学校で天皇崇拝の行事を行っていたので、休みではありませんでした。
学生のみなさん、現代は学校が休みでよかったですね^^
紀元節では子供たちは学校に行って、君が代を歌ったり、天皇陛下の御真影に頭を下げたりする行事を行っていました。
御真影は各学校に必ずあり、儀式の時に使われていました。
日本は戦争に破れ、GHQの命令により、紀元節は廃止となります。
戦後、紀元節を建国記念日として復活させる動きがあり、
国会では9回も法案が提出されましたが、いずれも廃案。
理由は上記の通り、神武天皇が架空の人物であるということと、
即位の日の設定が干支の占いを元にしており、歴史的な根拠がないこと
などが挙げられました。
結局のところ、記念日にはせず、記念の日とすることで妥協し、やっと法案が通ります。
昭和42年、日本の祝日に「建国記念の日」が入りました。
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