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夫婦が眉をひそめて見つめ合っている最中、玄関からひょっこり首を出したのは熊五郎であった。 「おう、六。酔いは醒めたかい? 」 「あぁ熊か、まだ頭がズキズキ痛んでやがってよ」 「昨日はだいぶん飲んだからな。  で、その飲み代をもらいに来たぜ」 「ん? 飲み代?」 「なんだい またこのやりとりか。  一度でも こう「はいよ五十文用意して待ってたぜ」くらい言えねぇもんかね」 「昨晩渡さなかったか?」 「そういって銭を取りに行ったっきり戻って来なかっただろ」 「あん? そうかぁ?」 「まあいいよ、早く、五十文!」 「五十文? そうだった? 本当に?」 ふらふらと立ち上がった六兵衛は箪笥(たんす)の扉を開けたが金が見つからない。 「おい、かかぁ! 銭がねぇぞ」 「大きい声出すんじゃないよ。  あんたが全部飲んじまうから隠してあるんじゃないか。  熊さんいつもすみませんねぇ。おいくらでした?」 女房が飲み代を取りに奥へ行っている間、熊五郎は渋い顔をした六兵衛にそれとなく聞いてみた。 「なんか夫婦でにらみ合ってたみてぇだが、またケンカか?」 「またとはなんだよ。そんなにしょっちゅう…まあしてるけどよ。  今日はそんなんじゃねぇんだ。  こいつを見てくれ」 六兵衛は熊五郎に謎の紙切れを手渡した。 「なんだいこりゃ、なんか書いてあるな。  ミミズがのたくった見てぇな字だね。お前さんが書いたのかい? 」 「ちがうよ。  朝起きたらこの紙をしっかり握ってたんだ。  飲み屋で誰かにもらったのかな?」 「いいや、始終ふたりで飲んでただけだ」 昨晩熊五郎といっしょに飲み屋を出た六兵衛は、べろべろに酔っ払い、夢見心地のまま あっちにぶつかりこっちで倒れ、途中で立ち小便をしたくらいで、誰かから紙切れを受け取ったり拾ったりということはなかった。 「あそこの橋まではいっしょに帰ったんだよ。  覚えてねぇか? 」 六兵衛が長屋の玄関から首を出すと小さな川沿いに並ぶ柳の木が見える。この川にかかる橋のこっち側にあるのが六兵衛の長屋だ。熊五郎の住まいは川の向こう側である。 「なんにも覚えてねぇな」 六兵衛は目をつむって首をひねるばかりで、ひとつも記憶がよみがえってこない。 「お前さんが橋の上から胃袋の中のもんを出してな。  その後で「銭を取って戻るからここで待ってろ」と言ったんだ。  で、それきり戻ってこねぇから、おいらは帰ったんだよ。  まあいつものことだな」 「いつもとか言うんじゃねぇよ。  吐かねぇときもあらぁ」 「ゲロの話じゃねぇよ。飲み代の払いの話だ。  いつもこうやってオイラが受け取りに来るんじゃねぇか」 「そうかぁ? いつもか?  まあそうか。  でも昨日は「銭を取ってくる」って言ったんだろ? 払わねぇってんじゃねぇんだ。  な、ちゃんとしてるだろ? 」 「覚えてねぇのによく言うよ」
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