2人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
ごくごく人並みな家庭に生まれ、ごくごく人並みな幼少時代を過ごした俺は、人並みな子どもらしくヒーローに憧れた。
長じて勉強は人並みにできるが運動能力は人並みでなかった俺は、やがて武闘派よりもサイキックでスピリチュアルなヒーローに傾倒するようになった。
自分にも未だ顕現していない秘められし能力が眠っているかもしれないと、糸で釣るした五円玉を睨み続けたり、スプーンの持ち手をこすったり、ESPカードをめくりまくっていたことは黒歴史ではあるが。
やがてやがて俺はあのヒーローと巡り合う。
陰陽師。
和風な衣装をひるがえして呪文を唱え、式神を従え怪異と戦う。
めちゃカッコいい。
武闘派でないところが良い。知識と霊力で戦う。おじいちゃんでもすげえ強い。
やはり秀逸なのは安倍晴明さんだ。
カッコいい。
しかし有名になりすぎて誰もが知っているのが気に入らない。
まあ、陰陽師もののヒーローはたくさんいる。
陰陽師万歳。
午後の講義が休校になってウハウハになったその日。
なぜウハウハになったのかといえば、視聴途中のアニメのweb配信が今日の日付が変わるまでだったからで。完走は諦めていたが、おかげでまだ間に合う。
まわれ右で自宅に帰り、陰陽師の少年が主人公のアニメシリーズを最終話まで踏破し、時間は既に日付が変わっていた。
小腹が空いたし夜更かしの妙なテンションになっていたしで、のそのそ部屋を出て散歩がてら最寄りのコンビニへと向かった。
深夜の住宅街はしんと静まり返り、まだ電気が点いている窓がぽつりぽつりとあるけど、聞こえてくるのはどこかからのクルマのエンジン音だけだ。
さっきまで視聴していた平安時代の物語の世界が脳裏に広がる。
ああいう世界では、街灯なんかなくて、夜は本当に真っ暗で、だからちょっとしたことをものすごく恐ろしく感じたのかもしれない。もし、怪異が今この世界にあっても、俺たち現代人は気付いていないだけなのかも。
暗闇の世界では、頼りになるのは月や星々の光だけで。
そんな妄想をしつつ頭上を見回してみれば、はるか上方に小さな丸い月が煌々と輝いていた。今夜は満月だったのだ。なんだか明るく感じたわけだ。
ぼぉっと見上げる視界の中を、一瞬黒いものがよぎった。
うん? 気のせいか?
こしこしと目をこすったとき、右手の路地から人影が飛び出してきた。
「わっ」
とっさに短く声があがる。手で口を覆いつつ目を向けると、俺より上背のある人物が眼を丸くしてこっちを見下ろしている。見覚えのある顔だ。
「あれ、見たことある?」
彼は首を傾げる。
「安藤だよ、同じ人文学科の一年生」
「安藤くんね、安藤くん」
にぱっと笑って桐嶋隼人は俺の名前を繰り返す。月の灯りと街灯とで、真っ赤と茶色の間のような頭髪の色や、ネオンカラーのダウンジャケットに細身のジーンズ、という彼のいで立ちが学校で見かけるそのままなことがよくわかる。笑顔の口元から八重歯がのぞいていることも。
「安藤くんちこのヘン?」
落ち着きなくきょろきょろ上方を見ながら桐嶋くんは尋ねる。
「近くに空き地ってない? 公園とか」
は? と思ったけど。
「そこ、曲がった先に公会堂があって、その横が小さな公園」
「まじ? あんがと」
ひょこひょこと路地に入っていく桐嶋くんを俺は早足で追いかける。
「えと、なにやってんの?」
「パトロールってたら見っけちゃって。やっとかないと落ち着かないだろ」
「は?」
「あ、バイトね、バイト。おんみょーじの」
にかっと笑う桐嶋くん。俺は真顔で目を見開く。
「ん? 笑わないの、安藤くん。だいたいみんな笑うとこだけど」
最初のコメントを投稿しよう!