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「陰陽師というと……安部さんとか賀茂さんとか土御門さんとか」
「あ、俺んちそういうんじゃナイナイ。ひいじいちゃんが勝手におんみょーじやってただけで」
「民間陰陽師だったんだね!」
拝み屋とか占い師てきな。それだって陰陽師だ。いたっておかしくない。出会ったっておかしくない。
「えと、これから何するの?」
「だから、なんかちょろちょろしてたから捕まえてやっつけておこうかと」
「祓うんだね!」
「あー、そーかな。そんな感じ。やっつける」
そうこうする間に、ブランコと滑り台しかない無人の小さな公園に辿り着いた。
遮る雲もなく月明かりは煌々と遊具の影を地面に写している。
その陰のなかで桐嶋くんはたばこの吸い殻入れみたいなちいさな入れ物を取り出した。蓋をあけるとかすかに何かの香りが立ち上る。
「それは?」
「じいちゃん秘蔵のお香」
「あやかしをおびき寄せるんだね!」
「んー、そんな感じ?」
それまで風もなかったのに、公民館の傍らの大木の枝が揺れて葉音がした。
「来たかな」
つぶやいて、桐嶋くんは右手をあげた。
剣印だ。九字か? 九字を唱えるのか?
自分も剣印を結びながら俺はわくわくと桐嶋くんのきりっと凛々しい顔を見守る。
ざっと黒い影が飛び出した。小ぶりのカラスのように見える。こっちに向かってくる。
すうっと桐嶋くんが息を吸う。かっと目を見開き、そして叫んだ。
「ありおりはべりいまそかり!!」
「!!!!」
呪文じゃねえ!
愕然とする俺の目の前で黒い影が霧のように消えた。
ふうっと桐嶋くんは肩の力を抜いて汗をぬぐうしぐさをする。
「今のって……」
「え? へへ」
「あそこは九字を切るところじゃ……」
「オレさあ、唱える系のヤツまったく覚えらんなくて。ま、いーんだよ。あんなの気合いだからさ、なんだって」
「だからってなんでラ行変格活用なんだよ!」
「すっげえ耳に残ってんだよな」
わかるっ、わかるけど……!!
こみあげてくる涙を歯をくいしばってこらえながら俺はこぶしを震わせる。
俺の陰陽師のイメージがあ!!
へらへら笑っている桐嶋くんをきっと睨みつける。途端に彼は真顔になる。
「おかわり」
「へ?」
ざざざっとまた枝が揺れた。
さっきのあやかしよりふたまわりも大きな黒いものが飛んでくる。雑魚をやっつけたらボスが来ました、みたいな。
ぐいっと桐嶋くんが俺を背後に押しやる。すばやく右腕をふりあげる。
渾身のグーパンチが影にめりこんでいた。
ばさっと砂粒が広がり落ちるようにあやかしは消える。
結局、物理かよ……。
もはや何も言う気力もなく俺はへなへな膝をつく。
「おーい安藤くん。大丈夫?」
「……大丈夫じゃない」
既に時代は令和。狩衣に烏帽子姿の古典的な陰陽師と出会えないとしても。
「ほらほら立って。コンビニで肉まん食べない?」
「肉まんは食べるけど」
ぐおっと俺は頭を上げて桐嶋くんを睨んだ。
「キミさ、能力は高いんだよね、きっと」
呪文や術の補助ナシであやかしを祓っちゃうんだ。霊力みたいのはものすごく高いんだ。にしても。
「それでも形式は大事だ」
「へ?」
「俺が、キミを陰陽師らしい陰陽師にしてみせる!」
きょとんと眼を丸くしている本人そっちのけで俺は満月に誓う。
陰陽師をプロデュースだ!
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