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総武線の線路沿いを歩いて自宅に帰ると、
母が起きてテレビを観ていた。
「ただいま。母さん、ごはん炊いていい?」
「あら?お父さんと食べてこなかったの」
「うん。東武でごはんのお供シリーズを
買ってきた。母さんも食べる?」
「そうね。まだお昼食べてないし、味噌汁
作るわ。大根でいい?」
「うん、じゃあごはん炊くね」
カバンを椅子に置き、流しで手を洗う。
「いい筆、買えた?」
米を研いでいると、
隣で大根を刻む母に訊かれた。
「うん。父さんの見立てでね」
「葵はお父さんに好みが似てるわよね」
「書道の良さを教えてくれたし、お金の
大切さも父さんを見てたらよくわかる。
人生を丁寧に生きられてありがたいよ」
「お父さんに好きな人はできた?って
訊かれた?」
「うん。でも今は興味をそそられる相手が
いないって言った」
炊飯器に米をセットし、スイッチを押す。
「父さんたちが羨ましいよ」
「何で」
「よそ見もなく、運命の相手と今でも
仲がいいんだから」
「運命の相手ねえ。まあ確かにそうね」
「結婚はしないと思うけど、長く一緒に
いられる相手には出逢いたいかな」
「前向きね」
「でもそれは今じゃない。書道科のある
大学に行くか専門学校に行くかを先に
考えたいし、どうやったら書道を活かして
働けるかの道筋をつけたいんだ」
「うんうん」
「母さんにもまだお金で苦労させて
しまうけど、頑張るのでよろしくお願い
します」
「大丈夫よ。お金は心配しないで」
「ありがとう‥‥父さんにも言われた」
「一人息子くらい養えないなんて
何のために夜勤の看護師をやってるのよ。
ただ悩みができたらちゃんと言うのよ?
私たちはそれだけが心配」
「わかった。ちゃんと言う」
「ごはんのお供シリーズは何を買ってきたの」
「鮭明太とツナ明太」
「人気の組み合わせね」
「でしょ」
頼れるオトナはここにも1人いた。
僕は、とても幸せ者だと思う。
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