55人が本棚に入れています
本棚に追加
「か、川瀬くん」
英語の授業が終わり再びC組に足を運んだ。
廊下の空いている窓から彼を呼ぶと、
彼は頭を掻きながらこちらに歩いてきた。
「もう大丈夫なの」
「うん。ありがとう‥‥」
そう言って彼と目を合わせると、
彼は小さく咳払いをしてからぎこちなく
微笑んだ。
「あのさ」
「あ、はい?」
「岸野くんて」
「はい」
明らかに何かを言おうとしている彼。
ドキドキしながら次の言葉を待った。
「うん」
「ど、どうしたの」
「部活、何かしてる?」
「あ、うん。書道部」
「字がうまいんだ」
「まあ、はい」
「俺は陸上部。来週、試合」
「そうなんだ」
「観に来ない?」
「えっ」
「嫌なら大丈夫」
「嫌じゃないよ。来週のいつ?」
「日曜日。船橋の運動公園」
「行ってもいいの」
「来て」
「わかった」
「試合、10時から。走り高跳び」
ぶつ切りの単語の会話だったが、
僕は嬉しくて、彼に笑顔を向けた。
「楽しみにしてる。頑張ってね」
「ありがとう」
彼は頭を掻きながら、教室の奥に戻った。
自分の教室に戻ると、席にいた佐橋が
不思議そうな顔をして僕に問いかけてきた。
「岸野、熱でもあるのか」
「だ、大丈夫‥‥」
たぶん今、僕の顔は真っ赤なんだろう。
英和辞典を貸してくれた初対面の相手に、
試合を観に来ないかと誘われた。
他意はない。そう。きっとない。
でも嬉しかった。
何故、僕にそんなことを‥‥
いや、これは考えたってわからない。
とりあえず行かなきゃ。
日曜日。
船橋の運動公園、試合開始は10時。
最初のコメントを投稿しよう!