命のバトン

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 数メートル先に突然現れた白い犬。 「…」  その瞬間、胸がギュッと締め付けられた。  その犬が私を呼んでいるみたいに鳴いた。 「………チコ?」  五年前に亡くしたチコだと本能的に感じた。  涙が溢れ出す。  夢でもいいから会いたかった。  十二年ずっと一緒だった。  嬉しい時も悲しい時もどんな時でも側にいてくれた。大好きで大切でかけがえのない宝ものだった。  夕暮れの人気(ひとけ)のない土手。駅からの帰りはいつもこの道を使う。  時折吹く11月の終わりの風は冬を思わせる程に肌を冷やす。  私はただひたすらチコを追いかけた。  走ってはたまに振り返る。  今でも鮮明に憶えているその仕草。 「待って‼︎」  抱きしめたい。愛おしいあの温もりを。  体は忘れてしまっていても心はまだ覚えている。
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