続・スズキ君

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 僕は高校1年になっていた。  地元の高校に入学してサッカー部に入った。もちろん、まだレギュラーじゃない。夏休みになると新人戦が始まった。僕らの初戦は県大会ベスト4常連の強豪校。近頃の夏の狂ったような暑さを避けるため、試合開始は午後4時だ。僕はサブとしてベンチで待機。相手のベンチの頭上には、白い月が浮かんでた。  対戦相手の選手がピッチに出て来た。  どの選手も日に焼け、ユニフォームがはじけそう。太ももも逞しい。筋骨隆々な彼らがセンターラインで僕らのチームに対峙した。みんな堂々としている。突然、スポットライトを浴びたように一人の選手が僕の目に飛び込んだ。遠くから見ても、その選手だけは肌白い。少しうつむき加減、前髪がサラリとたれている。小さな顔、ごつい体と対極だ。だからと言って、やわじゃない。精悍な筋肉質。まるで、ターザンが一人、ゴリラの群れにいるようだ。僕の目は彼にくぎ付けになっていた。 「ピィーー」  試合開始。 「はっ、速い」  彼はボールを持った途端、ドリブルで駆け上がった。ディフェンダーを瞬く間に一人二人と抜いて行く。あっという間の一点だった。 「わぁーー」  沸き上がる相手のベンチ。落ち込む僕ら。でも、僕だけは冷静だった。片時も彼から目が離せない。彼のポジションは、僕から一番遠い向こう側。僕の目は必死で彼を追っていた。俊敏な動きに、後ろ髪がなびいてる。まるで、草原を躍動する美しい駿馬だ。  また、彼がボールを獲った。トリッキーなフェイント、押し寄せるディフェンダーを軽やかにかわす。最後の一人を股抜きで抜き去った。シュート!2点目が入った。 「すごい...」  堪らず僕は呟いた。右手は小さなガッツポーズ。隣の仲間がぎょっとした。その後も、僕らは押されっぱなし。彼のプレーがよく見えない。背番号10が目印だ。ベンチの僕は腰を浮かして前のめり。少しでも彼を近くで見たかった。 「ピィーー」  前半が終わった。  彼はベンチに戻ってタオルで汗を拭いていた。チームメートからスポーツドリンクを渡され、談笑を始める。僕はチームメートに嫉妬した。 「ピィーー」  後半が始まった。  ポジションチェンジ。彼は僕の目の前だ。ドキドキしながら彼の横顔を見つめる。まつげが、長い。 「えっ」何かが瞬間フラッシュバック。  いきなりパスが彼に通った。素早いダッシュになびく髪。白いうなじがくっきり見えた。月に溶け込み艶めかしい。 「あっ」僕の背筋に電気が走る。もう一度、フラッシュバックがやって来た。  彼はゴールに向かって疾走中。途中でくるりと一回転。ごつい仲間にバックパス。彼の周囲がぽっかり空いた。再び、彼にパスが出た。ゴールを背にした彼の目が、僕を一瞬捕まえた。クールに微笑み、オーバーヘッド‼ 「わぁーー」  沸き上がる相手のベンチ。どっと落ち込む僕らのベンチ。僕は全身鳥肌立って、小学5年にワープした。  体育の彼、図工の彼、英語の彼、音楽の彼、下校の時、僕が独り占めした彼。甘く切ない彼との時が、走馬灯のように駆け巡る。    足元に何かぶつかった。我に返った僕。ラインを割ったボールだった。僕がボールに触れると同時に、色白の細長い指がボールを掴んだ。全身に震えが走る。目の前に彼がいた。ボールを挟んで目と目が合った。彼が何かを囁いた。 「アンド、アイ、ラブ、ハー」  快感が、僕の身体を突き抜けた。  彼はすぐさま踵を返してグラウンドへ。残された僕はその場に立ちすくむ。怒涛の涙が止まらない。心の中で何度もこだまするのは、ノートを埋めたあの名前。 「スズキ、スズキ、スズキ・・・」    涙で霞んでズだけが消えた。  残りの二文字がペアとなってほとばしる。  スローイング。  背番号10がゆらめいた。彼の走りのせいか僕の涙かわからない。ゴール目掛け、彼がどんどん遠ざかる。  さっきまで見えていた白い月は、雲に紛れてもういない。
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