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その四 大事な務めがあるのです! 悩んでなんかいられません!
縋るような目でわたしを見てくる男の人を、放っておくわけにもいかず、わたしは、荷物から瓶と盃を取り出し、快癒水を飲ませることにした。
「ええっと……、わたしは、旅の薬水売りで深緑と申します。あの、治宏さんですよね……。今、あなたは、かなり困ったことになっています……。とりあえず、この薬水を飲んで心を落ち着けてください」
治宏さんは、黙ってわたしから盃を受け取り、快癒水を飲み干した。
礼を言って盃を返してきたが、立ち上がる気配はなかった。
大きな溜息をついて、相変わらず座り込んでいる。
えっ? 快癒水が効かなかったのかしら? まさかね?
「す、すみません、深緑さん。いったい、何が起きたのでしょうか? なぜ、清茄は、わたしを殴っていなくなったのでしょうか?」
「ああ、何もわかっていないのですね……。ええっと、まず、あなたは、どうして蓮の葉を被って倒れていたのですか?」
「それは――、清茄と池の畔を歩いていたら、彼女が、あの蓮の花を手折って欲しいと言い出したのです。それで、蓮の花の茎を掴んだら、なぜか体が痺れて、あそこに倒れてしまいました。あの葉が、突然伸び上がり頭に被さってきたことまでは覚えていますが、その後は気を失ってしまい、何があったのかさっぱりわかりません」
蓮の花の茎を掴んだら、体が痺れた? そして、葉が顔に被さってきた?
不思議な靄もそこに浮かぶ映し絵も、蓮が見せたものということなら――。
これはもう、あの蓮こそ、次に天へ返すべき種核に間違いないわね!
わたしは、治宏さんに、彼が気を失っている間に起きたことを説明した。
もちろん、映し絵によって、彼と妹の秘密を清茄さんが知ってしまったことも……。
治宏さんは、信じられないという顔で、わたしの話を聞いていたが、話が終わる頃には、憑き物が落ちたかのようなさっぱりとした様子になり、その場に立ち上がった。
良かった! 快癒水はきちんと効いていたんだわ!
「よくわかりました。清茄に、どうやって美芬のことを切り出そうかと悩んでいたのです。そんな形で知らせることができたのなら、俺としては、むしろ助かりました」
薬水代だと言って、いくばくかの銅銭を手渡し立ち去ろうとする彼に、わたしは思わず声をかけてしまった。
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