その四 大事な務めがあるのです! 悩んでなんかいられません!

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「清茄さんに、謝りに行くのですか?」 「いや、もう、どうせ会ってはくれませんよ。裏切った俺を許すはずがありません。それに、その不思議な映し絵に嘘はないのです。俺はこれから美芬に、姉と別れたことを知らせに行きます。もう二度と、清茄には会いません。お互いのためにも、その方がいいんです」  治宏さんは、繁華街へ向かって、すたすたと歩いて行ってしまった。  誰かが、映し絵の話でも広めたのか、蓮池の周りに人が戻りつつあった。  興味深げに、蓮の葉や蓮の花に手を伸ばそうとして、止められている人もいる。  捕吏と思われるお役人も姿を見せていた。 「ねえ、老夏(ラオシャ)。恋情とは、ずいぶんと儚いものなのですね。治宏さんと清茄さんだって、思いが通い合った時もあったでしょうに、あんなかたちで別れてしまって……」  わたしは、屋台街へ戻りながら、襟元に収まっている(シャ)先生に話しかけた。  一度はわかったと思った恋情が、また、わからなくなってしまったわ……。 「フォッ、フォッ、フォッ、『近惚れの早飽き』と言ってな、急に高まった恋情は、あっという間に冷えてしまうものじゃ。あの治宏という男、熱しやすくて冷めやすいたちなのじゃろう。美芬とも、長続きはしないかもしれぬな……。 清茄は、上手く治宏を忘れられるといいがのう。自分が騙されていたことに気づいたのに恋情を捨てられなければ、たいそう辛いことになるからなあ……」  屋台街では、まだ、様々な芸人が出し物を披露していた。  夜は深まりつつあるが、ここは、相変わらず光と活気に溢れている。  湧き起こる拍手、楽しげな笑い声、器に放り込まれる銅銭の音――。  清茄さんの気持ちなんて、ここにいる人たちは誰一人気にしていない……。  思阿(シア)さんに会いたい……。思阿さんと話がしたい……。  突然、寄る辺ない気持ちになったわたしは、思阿さんの気配を求めるように、一座がいる辺りを目指して走った。
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