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わたしと夏先生は、屋台で買った揚げ菓子や甘辛く煮た肉を詰めた饅頭を持って、宿の部屋へ戻ってきた。思阿さんは、まだ帰ってきていなかった。
わたしがちぎった饅頭を頬張りながら、夏先生が少し口を尖らせて言った。
「思阿にも困ったものよのう。おぬしを放り出して、どこかへ行ってしまうなんて――」
「どこかって、船の時刻を調べに船着き場へ行っただけですよ」
「普通は、思いが通い合った相手とは、つねに一緒にいたいと考えるものなのじゃ。遠い昔、わしと妻もそうであった。ひとときも離れたくないと、いつもくっついておったものじゃ」
「そ、そ、そうなのですか!?」
確かに、思阿さんがそばにいないのは少し心細い気もする。
一緒に行っても良かったけれど、「夜の港はいろいろな人間が集まるから、宿に残った方が安全です」と言われてしまった……。わたしはお酒が全くだめだから、ふたりで出かけても酒楼で盃を重ねるとか無理だし……。
「深緑は、思阿と離れていても寂しくはないのか?」
「寂しいだろうと言われれば、そうかなと思います。でも、じきに帰ってくるでしょうし、とりあえず、美味しい物が食べられたので幸せです!」
「ううむ……。恋情は芽生えたが、まだ、お子ちゃまから抜け出し切れたわけではないようじゃな? これでは、思阿も扱いに困るであろう。いやいや、そもそも思阿が朴念仁だから、深緑の気持ちが高まらないのじゃ。これは、先へ進むには、そうとう時間がかかりそうな二人じゃな……」
「何を一人で、ぶつぶつ言っているのですか? はい! 揚げ菓子もどうぞ!」
夏先生は、相変わらず何か呟いていたが、揚げ菓子が口に合ったようで、そのうち食べることに夢中になった。ようやく静かになってくれたわ。
お腹が満たされたら、当然眠くなる。
わたしは、そのまま寝台に横たわると、あっという間に寝入ってしまった。
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