第十話 チョコレート

1/1
前へ
/32ページ
次へ

第十話 チョコレート

立ち話をしていると駄菓子屋のおばあさんがラムネを持って来てくれた。自治会館の斜向(はすむか)いが駄菓子屋だ。 「ご苦労さんやね。さあ飲みな、よう冷えてるで」 目の前で栓を抜いて手渡してくれたラムネ瓶の縁には水滴が浮いている。僕たちがお礼を言うと、 「空瓶はその辺に置いといたらええからね」 それだけ言うと店に戻って行くおばあさんを見送り、僕たちは公園の長椅子に腰を下ろした。タケシを間に挟み、右側がユキで反対側が僕だ。 「ほんま、よう冷えとるわ」 ラムネ瓶を太陽に透かせながらタケシは言った。瓶は既に空になっている。ユキは鞄から小箱を取り出し、さらに小箱から一本を取り出すと、ラムネを飲み干して瓶を眺めている僕にそれを差し出した。 「ヒロシさん、おひとつどうぞ」 食べたことは無かったが、それは知っていた。クッキー生地をチョコレートで包み込んだ棒状の焼菓子だ。 「これ、美味しいのよ」 ユキは嬉しそうな顔をしている。この焼菓子が彼女の今一番のお気に入りだということだ。 「ガル棒っていうの」 「ありがとう、いただくよ」 僕は手を伸ばすが途中で止める。手のひらに泥が残っていたからだ。ユキとタケシもそれに気付いたようで、タケシはにやけ顔をした。 「ユキ、ヒロシの口ん中にチョコ入れてやれよ」 ユキは一目僕の顔を見て、すぐに顔を伏せる。 「お、お兄ちゃん!」 その反応を見たタケシは声をあげて笑い、身を乗り出してユキの顔を覗く。 「なに照れてんねん、顔赤いで」 タケシお得意のにやけ顔で冷やかした。 「もう、お兄ちゃんの馬鹿!」 強い口調で抗議したユキの頬は、怒りのせいなのか薄っすら赤く染まっている。タケシにつられて僕も声を出して笑った。 「もう、ヒロシさんまで、、、二人とも知らない!」 ユキはぷっくり頬を膨らませると、そっぽを向いた。いつの間にか太陽は空を登りきり、暖かい日差しを注いでいる。夏はもうすぐそこまで近づいているのだ。ユキのラムネが空になるのを待って駄菓子屋に行き、公園を後にした。
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加