第十二話 雨やどり

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第十二話 雨やどり

今日は昼飯を食べた後、商店街に向かった。盆の買い出しをするためだ。バスに乗ることも考えたが、散歩がてら歩いて行くことにした。商店街は町の外れにあり、大人の足で30分ほどの距離だ。 買い物を済ませて商店街を出ようとした時、雨が降り出す。今朝、天気予報は確認していたが、すっかり忘れていた。しばらく様子をみるが止む気配はない。バスの時刻表を見ると、つい今しがた出発したところで次は一時間後だった。雨はポツ、ポツと小雨だったので、急ぎ足で帰ることにした。 橋を渡って竹林を通り過ぎる頃から、雨足は強まり本降りに変わる。自宅までは、まだ半分ほどの距離が残っていて、バスを待つべきだったと後悔する。辺りを見渡すと少し先に停留所が見える。隣町行きの路線バスで乗車はできないが、トタン屋根の下にベンチが置かれていて、雨宿りはできそうだ。バスを待っているのだろう、遠目に人影が見える。 僕はこの町に来た日のことを、今でもよく覚えている。子供の頃この町に住む祖父母のもとに引き取られた。東京から電車を乗り継いで隣町で降り、そこからバスに乗った。祖父が迎えに来てくれたのがこの停留所だ。 早足で停留所に近づいて行くと、人影の正体はユキだった。ハンカチで肩を拭いている。 「ユキちゃん?」 「あら、ヒロシさん」 声を掛けると顔を上げて僕に気付く。ユキは白のブラウスに黒のジャンパースカートを履いていた。ブラウスの袖はシャーリングスリーブ加工されていて、スカートは胸の下まであるハイウエストだ。何処かへ出掛けるのだろう、よそ行きの格好をしている。 「参ったよ、ずぶ濡れだ。ユキちゃんはバスでどこかへ行くの?」 「ちがうの、お友達のおうちに行った帰りよ。急に雨が降ってきて」 ブラウスは雨を含み肩を透かしている。どうやら傘を持たずに出掛けて途中で雨に遭い、ここで雨宿りをしていたようだ。ここに来るまでの経緯を説明すると、ユキは笑いながら言う。 「一緒だね」 小さな唇から白い歯をこぼす笑顔がとても愛らしい。僕がベンチに腰を掛けると、ユキは友達の話を始めた。最近、東京から転校して来たらしい。頷きながら聞いていると、ふとユキの首もとに目が止まる。藍緑色の石をあしらった首飾りを付けていた。僕の視線に気づいたのだろう、ユキは首飾りに手を当てると、 「あ、これ、、、」 その首飾りは僕が誕生日に贈った物だ。ユキを連れて買い物に行った時、買ってあげた。女の子の趣味は全く分からなかったので、欲しい物を選ばせることにしたんだった。 「これ、可愛い」 ユキは散々迷っていたようだが、遠慮がちに指差した物はアクアマリンをあしらった首飾りだった。 「使ってくれてるんだ。よく似合ってる」 「あ、うん、、、」 ユキは何か落ち着かない様子でハンカチをいじりだす。雨足はますます強まってきた。トタン屋根に降り注いだ雨粒が、賑やかな音を奏でている。
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