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第十三話 兄妹
雨音の静まる気配はなく、濡れた身体が肌寒く感じた。ユキも小刻みに肩を震わせている。
「タケシは家にいるの?」
「うん、今日はお仕事休みだから」
「あ、そうか!」
「夕飯の支度、してくれているはずよ」
なるほど、この雨じゃ仕方がない。タケシは漁師をしている。魚を捌くのは勿論のこと、料理も上手にこなす。
「タケシ、優しいからな」
「うん」
『口は悪いけど』と付け足してユキは笑う。僕もつられて笑った。空は明るくなり、雨足は弱まってきていた。
「なんや、ヒロシもおるやん」
突然、名前を呼ばれてドキリとする。声のしたほうを見るとタケシが傘をさして立っていた。僕とユキは顔を見合わせる。ユキも驚いた顔をしていた。
「今、お前の話をしていたところだよ」
「何やて?悪口でも言うてたんと違うんか?」
目を細め僕たちの顔を交互に見た。相変わらず勘の良いやつだ、改めて感心する。
「ユキ、探したんやで。傘持って行けって言うたやん。友達の家行ったら、もう帰った言うし」
ユキは罰が悪そうに顔をしかめた。タケシの左手には閉じたままの傘がもう一本握られている。
ユキは晩御飯の献立を聞いたが、タケシは勿体ぶって教えようとしなかった。
「お兄ちゃんのケチん坊」
口を尖らせて抗議するユキを笑いながら見ていた。雲の切れ間から太陽が顔を出し、天気雨に変わっている。雨が止むのを待って僕たちは停留所を後にした。
濡れた身体に太陽の日差しが心地良い。三人で並び、田んぼのあぜ道を歩いて行くとユキが突然の声を上げる。
「あ、見て見て」
指をさした先にはトウモロコシ畑が広がっていた。ちょうど収穫されているところで、手押し車には黄緑色の衣を纏ったトウモロコシが積み上げられている。
「ユキはトウモロコシが好きやもんな」
タケシが言うとユキは頷いた。
「甘いもんばっかり食ってるから、最近肥えたんとちゃうか」
「失礼ね、太ってません。お兄ちゃんだって甘いもの好きなくせに。最近太ったんじゃないの」
笑いながら冷やかすタケシを睨み付け、ユキは負けずに言い返す。また始まったな、にやけ顔で二人の会話を聞いていた。
タケシと居る時、ユキはよく喋る。タケシも楽しそうに話す。仲の良い兄と妹だ。彼らは両親を病気で失い、二人で暮らしている。僕には身内と呼べる者がいなかったので、タケシ達が羨ましかった。
僕たちの会話が聞こえていたのだろう、おじいさんが農作業の手を止めて近づいて来た。
「持って行き、今年のは小ぶりやけど甘くて美味しいで」
両手いっぱいにトウモロコシを抱えている。
「ありがとう、おじいちゃん」
ユキは嬉しそうに礼を言った。
夏の陽差しに照らされて、トウモロコシとユキの笑顔はキラキラ輝いていた。
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