第十六話 うわさ話

1/1
前へ
/32ページ
次へ

第十六話 うわさ話

相変わらず蒸し暑い日が続き、土用はすぐそこまで近づいている。昔からの風習で土用の間は収穫を控えなければならない。土の神の怒りに触れ、災いがもたらされるとの言い伝えがあるからだ。畑は茄子の収穫期を迎えている。出荷準備があらかた段取りついたところで、形の良さそうな物を見繕い籠に入れる。陽はまだ高かったが今日の作業は終え、タケシの家に向かった。 あいにくタケシ達は留守だった。いつものように勝手口へまわり、日陰を探して籠を置いた。汗でベタつく腕時計を見ると午後5時を回っている。銭湯に寄るつもりだったので着替えは持ってきていた。今来た道を戻り、銭湯へと向かった。 銭湯は町のほぼ中心部にあり、高い煙突が目印だ。祖父に聞いた話だが、昔はこの町にも銭湯は数件あったそうだ。燃料代の高騰、後継者不足を理由に廃業が続き、そこが町で唯一の銭湯になった。 「あらヒロシ、久しぶりやね」 少し前までは週に一回程度来ていたが、最近は疎遠になっていた。Lucyとのやり取りがあるので、入浴に貴重な時間を割きたくなかった。お婆さんと軽く挨拶を交わすと休憩所を通り抜け、脱衣所へと向った。早い時間帯だったが休憩所は賑わっていて、長椅子で涼んでいる者、座敷で胡座をかく者、それぞれが思い思いにくつろいでいる。 それに引き換え、脱衣所は空いていた。 脱いだ肌着を脱衣籠に入れていると、話し声が聞こえてくる。話題はどうやら東京からの疎開者のことで、高台の洋館に住んでいるらしい。夏が始まる頃から疎開してくる者が増え出した。関東、九州からが殆どで、都会は戦争の被害に遭っているようだ。最近では疎開者は特に珍しくなくなっていたが、高台に建つ洋館に住んでいるとなると話は別だ。高台は町の山手にあり、町を一望できる。戦争が始まる前、この地方は避暑地として都会の人々に好まれていた。そのため高台には大きな屋敷が並んでいる。別荘として使用されていたのだ。洋館はその中でも一際目立つ立派な建物だ。持ち主は政財界の著名人だとか、軍事兵器の開発で財を築いた人物だとか、様々な噂が流れていたが真偽は不明だった。
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加