第二十話 疑惑

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第二十話 疑惑

盆を迎え先祖の霊を弔う灯籠(とうろう)流しが行われた。例年、花火大会も同日に行われていたが、戦時下ということで今年は自粛された。 午前中で畑仕事を切り上げ、タケシ達と合流して河原へ向かった。ユキは浴衣姿で下駄を履いている。紺生地に朝顔柄の浴衣で帯は藤紫色。下駄の鼻緒は葵、藍、翠の色彩で飾られ、その付け根には真紅があしらわれている。長い髪は後ろで束ねられ、薄っすらと化粧がされていた。ユキの動きに合わせて微かに甘い香りが漂う。 「ユキちゃん、浴衣着ると大人っぽいね」 「そうやろ。馬子にも衣装とは、よう言うたもんやで」 タケシがいつもの調子で冷やかすと、ユキはそれを無視した。 「お母さんが着ていた物を仕立て直したの」 タケシは戯けた調子で舌を出した。 僕がこの町に来る前にユキの母親は他界している。タケシとユキの顔立ちから察するに、綺麗な女性だったことは間違いない。 僕たちは下駄の音に歩幅を合わせて歩いて行った。日没まで、まだ時間はある。腕時計を見ると午後5時を過ぎたところだった。 土手のあぜ道を進んで行くと、浴衣姿の女の子とすれ違う。4人連れで立ち話をしていた。近づいて行くと何やらヒソヒソ話を始める。ユキの知り合いかとも思ったが、そうではないようだ。すれ違いざま、彼女達の視線はタケシに注がれ、少し離れるのを待って黄色い声をあげた。タケシは高身長で顔立ちも整っている。女性が好む容姿だ。女の子達にチヤホヤされて、さぞかし気持ちが良いのだろうと顔を覗き見するが、無表情だ。 「お兄ちゃん、結構モテるのよ。この前もお手紙貰ってたわ。ねえ、お兄ちゃん」 さっきの仕返しのつもりなのか、ユキがタケシを冷やかした。いつもの戯けた調子を期待するが、タケシは素っ気ない態度をとる。 「興味あらへん」 不機嫌な顔をして歩く速度を速めた。照れている訳ではなく、本当に関心がないようだ。 タケシとは子供の頃からの付き合いだが、女性についての話をしたことは一度もない。溝掃除の日の、手洗い場での言葉を思い出す。あれは冗談ではなかったのかもしれない。いや、タケシに限って違うだろう、と即座に否定した。
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