第二十八話 拷問

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第二十八話 拷問

「今夜、部屋に来て。待ってるわ」 轟音を響かせる鉄扉が閉ざされるのを待って、ボビーと呼ばれた男は恋人との逢瀬の余韻に浸るように瞳を閉じた。 黒褐色の肌は日本人にはおよそ似つかわしくなく、かと言って全くの黒人でもない。おそらくは混血児なのであろう。外国人特有の角張った顔の輪郭は厚く膨らんだ唇の下方で鋭角に交わり、その唇には薄っすらと蜜柑色の紅を重ねている。美しい黒髪は後手で束ねられ、一見すると女性に見間違えるほどの鮮麗さだ。 回想に満足したのかは本人のみぞ知るところであるが、徐ろに目を開いたボビーは部屋の奥の一角を目指して歩き出した。 ツカッ、ツカッ、、、ツカッ、ツカッ その視線の先には若い男が一人立っていた。いや、立たされているという表現が正確だろう。グッタリとして木偶の坊(でくのぼう)のように微動だにしない。無理もないことだ、自宅を襲撃されて瀕死の状態で連れて来られるとすぐ、天井から荒縄で吊るされ昼夜問わず憲兵隊の猛者共に殴る蹴るの暴行を受け続けていたのだから。剥き出しにされた上半身の肌は痛々しい紫の゙腫れによって文様を描かれ、赤黒い液体が色合いを添えている。彼の足元には不自然な陰影が窺え、微かに艶を発している。もし床がコンクリート製でなければ、その液体は本来の色彩のまま、そこに留まっていたことだろう。 彼の名前はタケシ。この町で漁師を営む青年だ。国家反逆罪なる罪によって連行され、暴行によって自白を迫られたが、決して口を割らなかった。それもそのはず、彼は善良な市民であり罪状は事実無根であるからだ。とある権力者の謀略によって捕らえられたのだった。 「あ、居た、居た」 ボビーはタケシの前に立つと、腰を屈めて赤紫に染まった顔を覗き込んだ。 「あなたがタケシ君ね。あらあら、気絶してるのかしら。せっかく愛莉花が可愛がってあげようと思ったのに、もう出来上がってるじゃない。あらやだ、よく見るとキミ可愛い顔してるね。フフッ、私のタイプだわ」 何やら意味深な笑みを浮かべたボビーは、上体を起こすとタケシの頭上に伸びる縄を掴み゙、一気に引き下げた。 ブチッ! 鈍い音が部屋に響き渡ると同時に、重力に逆らい続けて静止していたタケシの身体は再び重力の支配を受け、前のめりに倒れていく。 ドゴッ! 床に叩きつけられた衝撃は相当なものであった。ましてやコンクリート製の床だ。声を上げそうになり、タケシは必死に堪えた。 タケシには、ある目論見があったのだ。それは気絶したふりをして体力の回復を待つことだ。 正直、憲兵共の折檻は虫が肌にたかる程度のことだった。荒縄もその気になれば簡単に引き千切ることは出来た。しかし身体が言うことを聞かないのだ。荒波に鍛えられ、海の女神の加護を与えられた肉体を持ってしても、あのキトウという男の蹴りを防ぐことは出来なかった。咄嗟に急所は外したつもりだが、まるで毒が身体中を駆け巡っているように、1日たった今でも全身を麻痺させている。
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