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第四話 嘘
辺りは先程までの騒がしさが嘘のように落ち着き、風の音が聞こえるまでに回復している。あれほど喚き散らしていた警報はいつの間にか鳴り止んでいた。
「警報止んだな。もう、ええやろ。ヒロシ、久しぶりに晩飯食いに来いよ」
タケシは笑みを浮かべた。日に焼けた褐色の肌が、口元から覗く白い歯をより一層際立たせている。
「今朝の漁で、ええカンパチ揚がったんや。脂のってて旨いで」
タケシの家系は代々漁で生計を立てており、タケシ自身も漁師だ。
「なあ、ユキ」
同意を求めるようにタケシはユキを見た。それに併せて頷くユキは、少し元気を取り戻したように見える。ユキのことが気になり少し迷ったが、今日は断ることにした。家に戻ってやるべき事があったからだ。
「悪い、今日はちょっと用事があるんだ」
タケシの返事を待つが、黙ったまま僕の顔を見ている。おかしい、聞こえなかったのかもしれない。もう一度言おうとした時、タケシはにやけ顔で右手の小指を立てると、僕の顔を覗き込んできた。
「なんや、コレか?」
タケシの言おうとしていることはすぐに分かった。驚き顔をしているユキも、どうやら察したようだ。
「もう、お兄ちゃんの馬鹿!ヒロシさん、すみません」
慌てた様子でタケシを睨みつけ、申し訳なさそうに言った。
「あ、いいんだよ。それに、そんなんじゃないし、、、また今度ご馳走になるよ。ごめんね、ユキちゃん」
二人に別れを告げて防空壕を出ると、いつもと変わりない風景が広がっていた。
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