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第七話 黒猫
始まりは突然のことだった。軽快な音楽が流れ出し、女性の声が聞こえてきた。
「みんな〜」
その声を合図に画面の下方に何やら三角形のものが映し出される。間隔を空けて横に2つ並んだモフモフだ。これはどこかで見たような気がする、、、僕は少し考えてピンと来る。
「ね、猫耳だ!」
思わず声を荒げていた。いつだったか、SNSの投稿写真でLucyが付けていた物の色違いだ。
唖然とする僕を無視するようにカメラがティルト・ダウンされていき、メイド衣装に猫耳コスプレをした女性が映し出される。首には水色のリボンと金色の鈴を付け、瞳はオッドアイ仕様だ。非常に完成度が高い。顔の横で広げた両手のひらを振っている。
「こん、ばん、ニャ〜」
右手を軽く握って頬に当てる姿は、さながら黒猫だ。やがて女性の顔にカメラのズームが当てられると僕はハッとする。薄桃色のマスクで顔は覆われているが、左目の下に薄っすらとホクロが見えた。この女性はLuだ、Lucyに間違いない。彼女のチャームポイントのホクロだ。
待ちに待ったLucyの初ライブ配信がついに始まったのだ。1年近く文字でのやり取りをしてきたが、動く彼女を見るのは今日が初めて。
「みんな〜、元気だった〜?」
右手で敬礼のポーズをとったLucyがカメラをじっと見つめると画面に文字が走りだす。
『Hey,Lucy!I’m fine thanks』
その文字は右から左へ移動し、そして消えた。それが合図であったかのように、画面は様々な言語の弾幕で埋め尽くされていく。
←『Oh,My Angel!』
←『So Cute!』
←『사랑해요!』
←『Oh,my Gad!』
←『je t'aime!』
遅れをとったが僕も負けじとキーボードをたたく。そしてタイミングを見計らってエンターキーを押した。
←『Lu、あいたかったよ!』
Lucyは全てのコメントを読み上げ、一人一人にコメント返しをしていき、それがひと段落すると『お歌のコーナー』になり、流行曲のカバーを披露した。タロット占いもできるらしく、次回の配信では披露するとの事だ。
Lucyのトークが最高潮に盛り上がりを見せている最中、突然物音が聞こえてくる。それは庭に敷いてある砂利を踏んだ音だった。僕は慌ててパソコンを閉じ、息を押し殺して身構えると神経を集中させた。
国籍不明の女性と接触を持っているわけだ。誰かに目撃され密告される危険がある。そんなことになれば非国民として連行され投獄されるだろう。この秘め事をする時、施錠には十分に注意してきた。また、誰にも話していない。親友のタケシにさえも。
「クゥーン、クゥーン!」
程なくして犬の声が聞こえてくる。なんだ驚かすなよ、ほっと胸を撫で下ろした。僕は彼女に、Lucyに恋してる。戦争が終わったら会いたいと思っている。
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