第八話 幸せの時間

1/1
前へ
/32ページ
次へ

第八話 幸せの時間

3月になり日中はだいぶ暖かくなったが、朝夕はまだまだ肌寒い。入浴を済ませた後、軽く夕食を摂るとパソコンを開いた。就寝までの数時間をLucyとのやり取りに費やすことが日課になっている。パソコンが起動するまでの数秒が数時間に感じられるほど、とても待ち遠しい。 戦争が始まって暫くすると、軍によってマスメディアは制圧された。情報源は政府発信のラヂオ放送のみとなり、電話回線も使用できなくなった。通信回線のみ利用を許されていたが、アクセス制限と厳重な検閲が行われていた為、検挙者は後を絶たない。僕は海外の回線に忍び込みLucyと連絡を取り合っている。 アプリを起動すると新着通知があり、新規の写真が投稿されていた。初ライブ配信から一週間ぶりの投稿だ。はやる気持ちが指先の動きを急かし、パソコン画面には爽やかな女性の写真が映し出された。僕は早速素直な気持ちを伝える。コーヒーを飲みながら待っていると、通知音が新規コメントの書き込みを知らせた。Lucyからの返事が届いたのだ。彼女も今、世界のどこかで同じようにパソコンに触れている。僕たちは繋がっているんだ、そう思うと無性に嬉しくなった。 --------------------------------------------- DekaTin Lu、素敵だよ^_−☆ ライブも楽しかったよー(^O^)/ 21:28 --------------------------------------------- Lucy ありがとう(≧∇≦) うれしいよーヽ(^0^)ノ 21:42 --------------------------------------------- DekaTin ずっと応援してるからね、Lu (^o^)/ 21:44 --------------------------------------------- 時間を忘れてLu(ルー)との会話に没頭していく。その日一日の他愛のない出来事を報告し合い、時には悩みを打ち明け、時には相談にのった。心の距離は確実に縮まっている、確かな手応えを感じていた。 『DekaTin』というのが僕のアカウント名だ。名前の由来は古い映画の主演俳優『デカプリオ』と、話の本題である『沈没』を掛け合わせて名付けた。後で知ったことだが『大きい、立派なさま』という意味もあるらしい。無意識に、ほんの少しだけ見栄を張っていたのかもしれない。
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加