43人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
誰かがこっちに走って来て、転がる様にユリちゃんを抱きしめたんだ。地面に膝を付いて、覆いかぶさるみたいにさ。
「ユリ!」
その人は何度か見たことがあった。ユリちゃんのお母さんさ。
靴が片方しか無かったのをやけに覚えてるよ。必死で走って来たんだなって。
「お母さん、お母さん!」
犬ってさ、空気を読めるんだよな。
だからこうなると、どっちからともなく唸るのをやめてさ。ケンカは終わりだ。
火が燃えていた目が元に戻ると、ペスはユリちゃん達の方を向いてさ。
「ク〜〜ン」
困ってはいなかった。
離れたままで、笑った様に見えたんだ。
いや、確かに優しく笑っていたよ。
ユリちゃんはいつもペスが大好きだと言っていた。犬が大好きだって。もちろんそれは噓じゃない。
でも、違うんだ。ペスには分かっていたんだよ。
ユリちゃんが本当に好きなのは。
毎日一緒にいて欲しいのは。
人間のお母さんなんだってね。
だから笑って、二人のじゃまをしない様に見ていたのさ。
ユリちゃんが泣き止むまでな。
クロの奴も、一声クーンと鳴いてさ。
しょんぼりして去って行った。
ユリちゃんが羨ましかったんだろうな。
嫌な奴だったけど、後ろ姿が寂しそうだったよ。
最初のコメントを投稿しよう!