ワイルド・ワン〜困り顔のペス〜

10/12
43人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
誰かがこっちに走って来て、転がる様にユリちゃんを抱きしめたんだ。地面に膝を付いて、覆いかぶさるみたいにさ。 「ユリ!」 その人は何度か見たことがあった。ユリちゃんのお母さんさ。 靴が片方しか無かったのをやけに覚えてるよ。必死で走って来たんだなって。 「お母さん、お母さん!」 犬ってさ、空気を読めるんだよな。 だからこうなると、どっちからともなく唸るのをやめてさ。ケンカは終わりだ。 火が燃えていた目が元に戻ると、ペスはユリちゃん達の方を向いてさ。 「ク〜〜ン」 困ってはいなかった。 離れたままで、笑った様に見えたんだ。 いや、確かに優しく笑っていたよ。 ユリちゃんはいつもペスが大好きだと言っていた。犬が大好きだって。もちろんそれは噓じゃない。 でも、違うんだ。ペスには分かっていたんだよ。 ユリちゃんが本当に好きなのは。 毎日一緒にいて欲しいのは。 人間のお母さんなんだってね。 だから笑って、二人のじゃまをしない様に見ていたのさ。 ユリちゃんが泣き止むまでな。 クロの奴も、一声クーンと鳴いてさ。 しょんぼりして去って行った。 ユリちゃんが羨ましかったんだろうな。 嫌な奴だったけど、後ろ姿が寂しそうだったよ。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!