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3.私は正々堂々と戦います。
金髪に空色の瞳をした子がおぼつかない足取りで、乳母だろう女性を追って歩いている。
国王陛下はピンク髪だったので、金髪は亡くなった母親の王妃様から受け継いだものだろう。
1歳くらいの子だろうか、私はミライが子供の時を思い出して胸が締め付けられた。
「キース王子殿下、お花が綺麗ですね」
乳母だろう紫色の髪をした女性が微笑みながら言う言葉にキース王子が笑顔で手を叩く。
ミライに花を見せるときは、私は花の名前を覚えさせるようにしていた。
小学校受験に出題されるかもしれないからだ。
ミライが答えられないと、しっかり覚えるよう何度も花の名前を声を出して繰り返させた。
ただ、目の前に咲く花を綺麗だねとなぜ言ってあげられなかったのだろう。
「ミランダ・ミラ王女殿下に、ヴァイオレット・リラがお目にかかります」
私の姿に気がついた女性が慌てて挨拶をしてきた。
「いつも弟がお世話になっております。ヴァイオレット様、私もキースのお世話をさせてもらっても宜しいですか?」
気が付くと私は自分の願望を口にしていた。
私は本当は自分が育ったように、子供をのびのびと育てたかった。
何か1つできるたびに褒めてあげるような子育てがしたかった。
でも実際に私がミライにしたのは、できないことに目を向けて責める子育てだ。
私が本当にしたかった子育てを、幼いキースを前にしてみたいと思った。
ただ生まれてきてくれたことに感謝しながら、子をひたすらに愛するような子育てだ。
「もちろんです。ミランダ王女殿下」
ヴァイオレット様は一瞬戸惑いを見せるも、笑顔で応じてくれた。
「ありがとうございます。キースと少し散歩をしてきてもよろしいですか?」
「王子殿下が怪我をされると大変なので」
ヴァイオレット様の意見はもっともだ。
7歳の子供に1歳の子供を預けられる訳がない。
「では、ヴァイオレット様もついて来て頂けるとありがたいです」
今、この世界にいることが夢なのか現実なのかは分からない。
でも、この小さな命を育てることに関わりたい。
「キース、ミランダお姉様と手を繋いでくれるかしら?」
私が手を出すと、無邪気に私の手を握ってきた汗ばんだ小さな手が愛おしかった。
手を繋いでしばらく歩いていると幸せな気分になった。
「あ、蝶々よ。可愛いわね」
私が指差しながら言うと、突然手を振り払ってキースは蝶々を追いかけた。
「待って、急いでいては危ないわ」
煉瓦造りの小道は所々修繕が必要な感じがして、幼児が歩くのには危険だ。
「歩くのがとても上手なのね」
私はキースを追いかけ、手をまた繋ぐ。
子供のできることに目を向けることはなんて幸せなのだろう。
私はミライと一緒にいる時は、他の子より成長が遅いのではと心配してできないところばかりに目を向けていた。
私たちは気がつくと騎士たちの練習場の方まで歩いてきていた。
騎士たちは木刀を持っているが、訓練をサボって明らかに誰かを囲ってリンチをしている。
「おい、平民のくせに生意気なんだよ」
言葉から察するに王宮の騎士で平民はマイノリティーなのだろう。
「ヴァイオレット様、キースをよろしくお願いします」
私はヴァイオレット様にキースを預けると、カゴに入っている木刀を一本取った。
「メーン!」
私は思いっきりその木刀で先ほど暴言を吐いていた男の頭目掛けて木刀を振り下ろした。
その男は慌てて、私の木刀を避ける。
「王女様、頭に目掛けて木刀を振り下ろしたら危ないではないですか」
集団リンチをしていた6人が私を一斉に見た。
15歳くらいの子達だろうか、真ん中でリンチにあっていた男の子はアザだらけだ。
明らかに彼だけ木刀を持たせてもらえていない。
「私は面と言いました。頭を狙うと最初に予告したのです。ちなみにコテは手、胴は、胴体です。全て予告して今から打ち込みます。6人で丸腰の1人をいたぶるあなた達と違い、私は正々堂々と戦います」
私は剣道部出身なので、木刀を見るなり竹刀を思い出した。
リンチに夢中になっていた男達は屈んでいたから頭が届いたが、次からは手と胴体を狙おう。
「ミランダ王女誤解です。我々は礼儀のなってない彼を教育していたのです」
「礼儀がなってないのはあなた達でしょう。私は王女ですよ。皆、私への挨拶もなく、名前も名乗らないのですね」
私はカゴから木刀をもう1本取り、真ん中のアザだらけの男の子に向かって投げた。
「ミランダ・ミラ王女殿下に、エイダンがお目にかかります」
木刀を握りしめながら、アザだらけの男の子が立ち上がる。
幼く見えたその子は木刀を握り立ち上がった途端、相手を圧倒するようなオーラを纏いはじめた。
たなびく黄土色の髪に黄金の瞳はまるで獣のようだった。
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