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この先には森が在る。
あの森には、凶悪な魔獣が住んでいるんだよ。
人を惑わし森に閉じ込める魔獣。
ただ、美しい姿をしていると言われている。
逃亡
賑わう街の市場は、様々な人が行き交う。
夕飯の食材を買う者。恋人への指輪を買う者。飾り物を買う者。それを売る者。
それなりの者。裕福な者。そうなれば、勿論物乞いだって居る。
その少女は、ぼろのフードを被って果物屋の前に立っていた。
店の店主が箒でぼろの少女を叩こうとする。それを駆け付けた少年が庇う。その少年も同じ様にぼろのフードを付けていた。
金が無ければ寄りつくな、と罵倒する店主に反論は出来ない。実際、二人は一銭も持っていなかった。
「一緒に居なきゃだめだって言ったろう」
少年は少女の手をしっかり握り歩く。
二人は、兄妹だった。
「だって……」
妹は腹をさする。二日間、二人は何も食べていなかった。
兄妹は裏路地に入り、とぼとぼと歩く。
あまり安全と言える場所ではないのはわかっていたが、兄はなるべく人間に会いたくなかったのだ。
森に住む、魔物の噂。
それを耳に入れたくなかった。
進んでいく毎に、道は狭く暗くなっていく。
賑やかな市場から離れていき、太陽が届かなくなっていった。
妹の不安そうな空の眼が濁りを反射している。
兄は、握る手に力を入れた。
「誰?」
急に降ってきた声に、二人は足を止める。
妹は驚きぼろのフードを引っ張った。
「誰って、!」
兄は恐れを必死に隠し反論の様に口を動かす。
緋の眼は、それでも怯えを消せなかった。
小さな笑い声が聞こえる。そして、二つの点が闇の中で光った。
それは、眼だった。その光は段々近付いてくる。
「君達、この街の子じゃないね」
その可愛らしい声の主は、少年だった。
錦糸の癖毛に金色の眼。
こんな薄暗い裏路地に居るのが不釣り合いな、高価そうな服を着ていた。
兄は敵意の目を向ける。すると、少年はまた小さく笑った。
「そんな警戒しないでくれよ。別に取って食いやしないさ」
そして、腰のポーチから林檎を出す。それを見て妹は目を輝かせた。
「お腹空いてるんだろ?あげるよ」
兄が制止するより先に、妹は林檎を受け取る。
「知らない人間から食べ物をもらうな!!」
兄は妹の手から林檎を奪い取った。
「だから、警戒しないでよ」
金の少年は呆れた様に言うが、兄は人間を信用していないのだ。
「折角君達が逃げるのを手伝ってあげようと思ってるのに」
兄妹は、言葉の意味が分からず少年を見た。
「君達は、"あの森"から来たんだろう?」
ニヤリと笑う少年の犬歯が見える。
二人は咄嗟に来た道を走り出した。
僕達の正体が、バレた。
必死に走り、明るい市場に戻る。
突然向けられる視線とざわめきに、幼い二人は固まった。
「も、森の魔獣だ!!!!!!」
誰かが叫んで、兄妹はフードが捲れてしまっているのに気付いた。
二人の白い髪の上に生えた長い耳。
兄妹は、人間に化けた魔獣だった。
「捕まえろ!!!!!!」
大柄な男が腕を振り上げる。兄は妹を抱え、男の股を潜り抜けた。
しかし、それは人間の足では出来なかった。
兄の獣の足を見て、人々は叫ぶ。
魔獣を殺せ、と誰かが言った。
兄は妹を抱え必死に逃げる。しかし、多勢に無勢だった。
女がナイフを振り下ろそうとする。もう駄目だ、と二人は目を瞑った。
咆哮が、響いた。
全ての人間がその方向を見る。
路地裏の陰から、巨大な生物が現れた。
ドラゴンだ、と人々は叫び逃げ惑う。
金のドラゴンは、黄金の眼をしていた。
「……さっきの、子……?」
妹が呟き、さっき会った少年だという事に気付く。
ドラゴンは鋭い牙を向け威嚇した。
人々は距離を取ったが、小さな兄妹は腰が抜けて動けない。
食われる、と本能的に思い目を瞑ったが、優しく掬い上げられ硬い感触の上に乗せられた。
風を切る音に目を開けると、金色のドラゴンは二人を乗せて舞い上がっていた。
人が、街が、小さくなっていく。
そして、悠々と空から街を脱出した。
「あの森を追われた魔獣が居るって聞いたから、迎えに来たんだよ」
さっきの少年……に化けていたドラゴンは、そう言った。
「見つけられて良かった。危機一髪だったね」
冷たい風が二人の長い耳を揺らす。
「よく此処まで歩いて来れたね。頑張ったよ」
ドラゴンの労いに妹は安心から泣き出してしまった。泣くな、と言う兄も緋の眼が緩む。
「両親は……、離れてしまったかい」
二人は頷く。
「おかあさんもおとうさんも、わたしたちを逃してくれて、それで、」
妹は、泣きながら両親の事を呟いた。
「……きっと、殺されました」
残酷な話だが、そうとしか思えない。
森は、焼かれた。
「そうか……」
ばさり、と翼をはためかせる音がする。
国境が、見えた。
「君達が人間を惑わすなんて嘘でしかないのにね」
これだから人間は。とドラゴンは吐き捨てる。
「でも大丈夫。これから行く場所はボク達竜が統治する国だから」
ドラゴンが首で指す先に、広大な森が見えた。
二人は、あの森で暮らすのだ。
もう、安心して暮らせる。
そう思って、兄も涙を零してしまった。
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