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私は部屋に戻り、扉を閉め鍵をかけた。
「・・・っ!!」
我慢していた嗚咽が漏れる。
同じく我慢していた涙が頬をつたい、扉の前で蹲った。
「・・・な・・・ん・・・で・・・!・・・嫌・・・よ・・・!!」
奥底の本当の己の気持ちが爆発するように溢れ、身体中を支配する。
ずっと、我慢して、我慢して、我慢して!
本当は我慢なんてしたくない!!
本当なら、自分の気持ちに素直に生きれるはずだったのに!!
「・・・なんで・・・!・・・私が!!」
言葉に出してはいけない。
恨んではいけない。
貴族として生を受けた瞬間から、当主の言葉は勅命と等しく否定する事は許されない。
分かっている、分かっているわ、そんな事!!
でも、
でも!!
お姉様が、嫌だからといってこんな形で私にするなんて許されないわ!!
頭で理解していても、心は直ぐに理解してはくれない。潰される程に胸が苦しく、まるでじくじくと血を流しているかのように苛む。
溢れる涙と呼吸さえままならない中での嗚咽は余計に、辛辣な己の感情をより突きつけてくる。
最後だから・・・。
顔を覆う手の隙間から、幾つも幾つも涙が零れおち膝の上がしっとりと濡れていく感触が少しづつ、心の芯の奥を染めていく。
もうこんなに泣くのも、
「・・・うっ・・・」
嘆くのも、
あなたを想うのも、
「・・・っ・・・!」
これで終わりにするから。
そうしたら、
私は全てを受け入れる。
「・・・うっ・・・!」
アッシュ伯爵家の娘として、
グラスの為に、
相応しく生きていきます。
私は、アッシュ伯爵家の次女として生まれた。
リーン、19歳。
そして、姉レーン21歳、弟グラス15歳の3人姉弟だ。
アッシュ伯爵家は何百年も続く由緒正しい家柄で、お爺様が当主の頃までは、羽振りも良く、貴族の中でも上級貴族の一員だったと聞いている。
だが、お爺様が早くに亡くなり、父ヨルダに当主が変わると、アッシュ家は、事業は傾き、瞬く間に落ちぶれていった、と聞いている
父には、
先を読む、勘の良さも、
人を使う、口の上手さも、
金を使う、慎重さも、
何一つ持っていなかっただろう。
祖父も祖母も私が産まれる前にこの世を去った為何一つ想い出は無かったが、とても素晴らしい方々だったと、執事として古くから勤めてくれているエッシャーがいつも感慨深く教えてくれた。
だが、残念ながらそれは過去の栄光だ。
産まれ時から貧乏貴族として育った私にとって、羽振りが良い時代があったとは、信じられなかった。
これでは、爵位返上へとなるのは時間の問題と噂されるほど、落ちぶれ、資産が無がなかった。
そこで父は、姉であるレーンをセイレ男爵家の当主、サージュへ様23歳へ嫁がせる事にした。
お姉様は金色の髪にブラウンと瞳のお母様に似てとても可愛らしい人だった。付き合いの良い姉様は、言葉も巧みで、誰からも好かれていた。
私はブラウンの髪にブラウンの瞳で、自分で言うのもなんだが、大人しく社交的ではなく、影に潜む事を望んでいた。
華やかなお姉様をお父様はとても愛していて、お姉様ならどんな男も満足するだろう、と自慢していた。
セイレ男爵家は男爵でありながら、有数の資産家だった。特に前当主つまりサージュ様の父が亡くなり事業をサージュ様が引き継ぐと、より事業は大きくなった。
かなりの手腕を持っていたのだと思う。
そうなれば、後は人脈と地盤。
アッシュ伯爵家は落ちぶれ財は無くとも、由緒あるアッシュ伯爵家、という、名、は健在だ。
つまり、お互いの利害が一致し、婚約となった。
それが半年前。
来月婚約発表と言うのに、お姉様の勝手な我儘で放棄した。
お姉様はいつだってそうだ。
自分勝手で我儘で、自分の思い通りにならないと、すぐに文句を言い、手放したりする。
外では甘い声と美しい容姿で愛想良くしているが、屋敷の中では傍若無人の我儘三昧で、いつもお母様と私を困らせていた。
そのお姉様が婚約が決まった時は、傲慢な態度で大口を叩いていた。
無駄に莫大な財産を持っている男爵家よ。たかが男爵程度なら私の言う事を何でも聞いてくれるわ。何でも私の欲しいものを買うわ。
と豪語していたのに、上手くいかなかったのだろう。
よく愚痴を言うのを聞いた。
ケチだわ。
私をバカにしているわ。
伯爵家の私をなんだと思っているの!
と、手のひらを返していた。
だが、当然だと思った。
資産のないこの家を、セイレ男爵様は救ってくれたのた。
例えお互い利害があったとしても、この家を選んでくれて婚約をしてくれた。
それなら、セイレ男爵家の為に尽くすべきだ。
婚約が決まった時に、高額な持参金と傾いた事業に支援金も受け取っているのならば、婚約が無くなれば、違約金も含め莫大な金額を返金せねばならない。
そうなれば、お姉様が嫌なら当然、
私。
仕方が、ない。
この落ちぶれたアッシュ家に産まれた時点で、必然のように存在した、我が家の再興。
そう、仕方がないのだ。
でも、本来ならばお姉様が婚約すべきなのだ。
そうなれば、私は、
彼を、紹介したかった。
高等部から、お互い好意を持ち少しづつ、少しづつ、愛を育んできた、子爵家の次男マーベル・タリイと、小さい幸せを待ち望んでいた。
「・・・どうして、私・・なの!?私は、私は・・・あの人と、一緒になりたかったのに!!」
優しく微笑むマーベルの顔が脳裏に浮かぶ。
差し出された手を、その手を、何の迷いもなく取るはずだった。
最後だから、
全部吐き出させて
最後だから、
全部、
いわせて。
もう、二度と言わない。
二度と、
誰も、
愛さない。
でも、
私は、
素直に、
生きたかった。
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