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サージュ家に来ました
迎えに来た馬車は豪華ではなかったが、質はいい。
使用している材木も、中の装飾や椅子の仕様も、派手では無く落ち着いている。
椅子の座り心地も悪くない。
程よい綿の量が入り、貼り付けている布も柔らかく、綺麗な刺繍が施しが気品を醸し出している。然程高価な布ではないが、刺繍の出来が良い為とても上等に見えた。
ふふっ。こんな少しの事で楽しくなるなんて、私ってば単純。
と言うよりも、アッシュ家の馬車が古いからだろうか?
もう何十年も買い換えていない為か、あちこち痛み変な音もするし、椅子もすり減り、逆になめらかになっている。
貼られた布も破れて貼り直すお金がないから、全部剥がしたと聞いている。
肝要な集まりの為のまともな馬車が1台だけあるが、それさえも外観だけ豪華に見せ、内装は繕いばかかりの張りぼて状態だ。
でも、これは違う。
そっと刺繍を触りながら、また、嬉しくなった。
刺繍の重ね方が絶妙だ。
立体感と存在感を出すために幾重にも色々な色の刺繍を重ねていくが、綺麗に重なっている為、凹凸感がなく滑らかだ。
素直に感服した。
これを選分したのは、セイレ男爵様なのかしら?もしそうならとても素晴らしい目を持っているわ。だから、事業を成功させているのだわ。
ふっと外を見ると、見たことも無い景色が目の当たりに広がり、堪らずガタンと窓を開けた。
すっと上に上がる窓に、また、心踊った。
引っ掛からない。油を、ではなくよく手入れされているわね。
ふわりと少し冷たい春の風が頬と髪を撫でた。
気持ちい。
セイレ男爵家からの迎えは、馭者と荷物を運ぶ男性との2人だった為、馬車の中は自分一人だ。おかげで悠々と過ごせるし、ちょっとした旅行気分になった。
親戚の婚約や婚儀などで出かけた事はあったが、それ以外で、出かけ事などなく、ましてや、旅行など吃っての他だ。
学生の頃、長期の休暇になる度に、過ごす避暑地の話が苦痛だった。私の家には避暑地や別荘はない。
とっくに売却したとの事だった。
お姉様は要領よく、ご友人の避暑地に一緒ご一緒し、過ごしていた。
羨ましいと正直思ったが、お姉様はいつも私とグラスにお土産を買っきてくれたし、過ごした日々を面白おかしく教えてくれた。
それがお姉様にとって優越感に浸っているのだと分かってはいたが、自分の知らない場所の話を聞けて本当に楽しかった。
ぼんやりと景色を見ている間にセイレ男爵家に着いたようで、とても大きい壁が見え、敷地が広いんだな、と思った。
窓から見る限り、門も立派だ。
セイレ男爵様、か。
幾度か顔を合わせたが、屋敷に来るのは初めてだ。
顔、か。
端正な顔立ちで、多分、素敵な顔なのだろうけど、目つきが鋭くいつも不機嫌そうにしていたから、怖い印象しかない。
1度もきちんと話をしたことが無い。
お姉様も、数える程だがご一緒に出かけたが、いつも、
何も話をしない無知な男よ、
いつも無表情で怖い愛想のない男よ、
いつも他を見ている無礼な男よ、
いつも庶民の店しか連れて行ってくれないケチな男よ、
と愚痴ばかり言っていた。
だから、全くセイレ男爵が素敵に見れないわ。いつも馬鹿にされている気分になるわ、
とも言っていた。
でも、仕方ないよね。
お金が無くて、爵位を売ったのだ。
見下され、馬鹿にされてもしょうが無い。
そうは言っても、容姿も声も可愛らしいお姉様を気に入らないというなら、私には無理だろうけど、とりあえず努力するしかない。
「うん。頑張るわ!」
口に出してみると、何だかおかしくて笑いが出た。
でも、かなり気持ちが楽になった。
門をくぐり、手入れされた綺麗な庭を通り、屋敷の前で馬車が停車し扉が開いた。
当然私をエスコートしてくれる方も従者もいないが、特に問題は無い。
アッシュ家でも同じだ。
唯一の荷物を持ち、馬車を降りると、迎えに来た若い従者が待っていた。
「玄関を入りましたら、エッシャー様が待ってますので聞いて下さい。じゃあ俺は仕事があるんで」
言いいたいことだけ言い、頭も下げず去っていった。いつの間にか乗ってきた馬車もなかった。
広大な庭にため息が出た。
レンガ調の石畳が敷かれ、その間に一つも草がなく綺麗に手入れされている。
中央には小さくは無い花壇が造られ、馬車の中から見たくらいだが見事だった。
それに、奥の方も何かありそうで散歩したい、という好奇心をどうにか抑え、屋敷の玄関をくぐった。
はあ、広いなぁ。
屋敷が巨大なのは外観から分かってはいたが、実際中に入るとホールの広さと造りの良さに、圧倒され、溜息が出た。
だがそれよりも、ホールの中で甲斐甲斐しく動く召使い達に食い入ってしまった。
い、一体何人いるの?1、2、3、4、5、6!階段の掃除に6人もいるし、男性もいる!!
私の屋敷に働いている召使いが全員で6人しかいない上にその内男性は一人だけだ。
男性は屋敷の中だけでなく、外の仕事や力仕事も出来るため給金が女性よりも高い。
それなのに、階段だけではなく他の場所ても忙しく働いている。
「よくおいで下さいました。私は執事をしております、 エッシャーと申します。こちらはメイド長のアイと言います。以後お見知り置きを」
感心している間にいつの間にか年配の男女が私の側にいて、挨拶をしてきた。
2人とも細身の体型で、歳の頃はどちらも50代もしくは60代程のベテラン風の雰囲気を醸し出していた。
エッシャーは細い瞳に白い鼻髭があり、皺のないネクタイに汚れのない手袋を見る限り、性格が神経質のように見えた。
アイは細顔だがすこし大きな瞳の黒目がよく動き、状況を把握しているようだった。
ただ、どちらも私に対して友好的な態度ではなかった。
「は、はい。宜しくお願い致します」
慌てて私も、私も頭を下げた。
「お荷物はそれだけですか?それとも後から送ってくるのでしょうか?」
明らかに2人も見下す顔で、私と荷物を見比べた。
「いいえ、これだけです」
たったひとつのトランク。これが私の全だ。
「ふうん。ではこちらです」
執事のエッシャーがあからさまに見下した顔で、その荷物を持ち、案内しだした。
エッシャーは足早に歩き、私ははぐれないように後ろをついて行った。
アイは特に興味が無さそうに何処かに行ってしまった。
婚約者に対してその程度の扱いか、と寂しさよりも素直な塩対応にすっきりした。
私の部屋は2階の1番奥を案内された。
とても綺麗に掃除され、カーテンも、絨毯も綺麗で、何だか嬉しかった。
「では、こちらです。あと、屋敷の中はあまり歩かないように願い致します」
「理由を聞いても宜しいですか?」
「貴方様はまだ婚約者でも何でもない赤の他人でございます。そのような方にうろうろされると迷惑です」
こうもはっきりと、バッサリと言われると逆に清々しい気分になるから不思議だ。
歓迎されていないのは、すれ違う召使い達の態度からよく分かった。
「分かりました。では、必要な時以外は部屋から出ません。何かあれば近くにいる召使いに声をかけます」
素直に答えたら、何故か眉をひそめた。
「分かればよろしいです」
「あの、セイレ男爵様にご挨拶をしたいのですが、お会い出来ますか?」
受けいられていないのは百も承知だが、挨拶は大事だ。
たとえ認められなくてもお姉様に劣っていると分かっていても、私は、これからセイレ家の人間になるのだ。
「ご主人様は仕事の関係で3日後しか戻りませんし、お帰りも深夜になりますので、お会い出来るのは難しいです」
綺麗にお断りをされた。
つまりは私に会いたくない、と言う事ですね。
「分かりました。では、お伝えだけお願い致します。お時間があればご挨拶だけでもさせて頂きたい、と」
頭を下げた。
気に入られないのは分かっている。
でも、私は少しでもセイレ家に尽くしたい。
砂粒程かもしれないが、それでも、私の全てを尽くすと決めたのだ。
「・・・分かりました。お伝えだけはします」
私がずっと頭を下げているのに、仕方なさそうにため息つき、言ってくれた。
「ありがとうございます」
顔を上げると、扉が閉まると同時だった。
仕方ないわ。
誰もいなくなった部屋がとても静かに、広く感じる。
いつも自分の部屋で一人でいたが、この部屋はいつもの私の部屋でない。
いいえ、今から私の部屋になるんだわ。
溜息が出るのを我慢し、持ってきた荷物を片付けた。
この辛いと思える気持ちは、
今だけよ。
すぐに慣れるわ。
ベランダの窓を開けると、立派な大木が反り立っていた。その大木の枝がベランダに少しかかっていた。
これはいい部屋だわ。風と一緒に木の香りがするし、この落ち葉も乾燥させないとね。
ベランダに落ちた葉を全部拾い集めながら、この木のせいで日差しが半分しか当たらないのに気付いた。
本当にいい部屋だわ。日当たり半分、日陰半分なんて、こんな部屋中々ないわ。もしかして、私、歓迎されてるのかしら?
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