夜のやさしさ

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 働きに出ている父の帰りは遅い。その父に合わせて夕飯を摂る。そうして団欒を過ごし、夜遅くにベッドに入る。灯りを消した部屋はカーテン越しに月の光が入って明るかった。  ライラは寝付けず、ふとおばあちゃんの言葉を思い出していた。  満月の晩には力が強くなるからね、と言っていた。  石の色が強くなるからね、と言っていた。  それから、おまじないの歌を教えてくれた。  ライラは、金木犀だ、と思った。  でも、ライラは金木犀が咲かないと、金木犀の木を見分けられない気がした。  もうすぐ金木犀が咲く。探さなければと思った。花が咲けば甘い香りで見つけられるかもしれない。  それから一週間くらい経って、お遣いの帰りに通った丘の近くで甘い香りがした。金木犀だ。間違いなかった。ライラは帰りながら注意深く辺りを探った。  と、一本の金木犀が丘の先で咲いていた。  その晩、ライラは寝付くことができなかった。ベッドから抜け出し、家を抜け出して、金木犀の元に急いだ。別室の父はちっとも気付く様子がなかった。  父は本を全部燃やしてしまったけれど、ライラがおばあちゃんからもらったものは取り上げなかった。紫の石は首飾りにしてくれた。だからライラはいつでも身につけていた。起きている時も寝ている時も、金木犀に向かっている今も。  今日は満月だった。だからライラは勇気を出して家を抜け出したのだった。  足を止めて首元のチェーンを引っ張り石を見つめると、おばあちゃんが言っていたようにいつもよりも色が濃い気がした。これならば、おまじないが成功するかもしれないと思った。  甘い金木犀の香りが、強くなった気がした。金木犀を見つけた日よりもずっと、ずっと。  先の方で金木犀の橙色の花が、月明かりで輝いているように見えた。そこだけぷっくりと浮き上がっているように明るく見えた。  金木犀の下に着くと、ライラは膝をつき、紫の石を握りしめておまじないの歌を歌った。囁くような声で、けれど目一杯に思いを込めて。そうして祈った。  さあっと草が揺れた。ライラがびくりとそちらの方を見ると、一匹の猫が現れた。明るい月夜に真っ黒な毛並みが映える。それから、こちらを凝視しているようだった。  満月の明かりが目に反射してきらりと猫の目が光った。そして、 「魔女の娘だな、お前」  猫が言った。  ライラはおずおずとしながら「おばあちゃんは魔女だったって」と言った。 「じゃあその孫のお前も魔女だろう」 「わたし、魔法なんて知らない」 「なあに、さっき使ってたじゃねえか」  猫は呆れたようにそう言った。 「さっきの歌、あれは魔法だ。なにを願った」 「どういうこと?」  猫は「いい毛色だな」と言うと、金木犀の幹に座り込んだ。こっちに来いと言われているようで、ライラも真似して猫の隣に座った。 「あなたはだれ?」と尋ねると、猫は「ラズだ」と言った。ライラは困ってしまった。名前を聞きたかったわけではなかった。どうして猫が話をできて自分に話しかけてきたのか、魔法とはなにかを知りたかった。  おばあちゃんの言葉を思い出した。  お祈りしたら、あとは勇気をだすんだよ、と言っていた。  ライラは勇気を出して猫に話しかけた。 「あなたは猫なの?」  すると猫は、「使い魔だ」と言った。お前は間違いなく俺を呼んだ魔法使いだ、と言った。女の魔法使いのことを魔女と呼ぶのだとも言った。 「使い魔ってなあに?」 「使い魔は使い魔だ。お前のためにきてやった」 「わたしのため?」 「そう。お前が願ったから」  ライラはなんて言っていいかわからなくなった。 「友達がほしいんだろう?」  確かにそう願った。ひとりぼっちで寂しかったのだった。 「猫を飼えるかお父さんに聞かないと」 「そうだな、そうしてくれ。さあ、もう夜更けだ。帰ろう」
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