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第1話 それは終わりなのか始まりなのか
春は入社式があって、新入社員研修があって、人事部は一年で一番忙しい季節だった。
だからずっと忙しくしていたけれど、久しぶりに予定より仕事が早く終わったので、彼、貫田太一とゆっくり週末を過ごせる。
太一とは一緒に住み始めて半年だけど、お互い時間が合わず、一緒に過ごす時間は少ない。
でも今週は違う。
大好きなケーキも買えた。ずっと「CLOSE」の看板しか見ていなかったけど、今日はショーウィンドウに並ぶたくさんのケーキの中からお気に入りを選ぶことができた。
マンションの部屋のドアを開けると、玄関に見知らぬパンプスが揃えて置いてあるのが目に入る。
太一の妹が来ている?確かこの春大学生になったって聞いたけど…
部屋に入るとリビングのテーブルの上にマグが2つ置きっぱなしになっていた。
お気に入りのマグ…
寝室のすりガラスの引き戸に動く人影が見えたので声をかけながら引き戸を開けた。
「ただい…ま…」
よくマンガとかで見るやつだ。
彼氏の浮気現場に出くわすやつ。
驚いてあたふたと服を着る太一とはうらはらに、ガーゼケットで胸を隠し堂々とベッドに座っている女。
わたしのお気に入りのマグ使ったのはこの女なんだ。せめて洗っといてくれたらいいのに…
立ちつくしているわたしに、ばたばたと服を着終えた太一が言った。
「美玲…えっと…今日も帰るの遅いんじゃなかったの?」
なんだ…
毎日『今日も遅いの?』って聞かれてたのは、わたしを心配してたんじゃなくて、わたしが『今日も遅いこと』を確認してたのか…
「ちょうど良かったじゃん。説明する手間がはぶけて。」
女が言うのを聞いて、太一がちらりと女を振り返ってから言った。
「あー、まぁ、そういうことだから。近いうちに荷物…」
「新しい家が決まったら荷物取りに来る。それまでわたしのもの捨てたりしないで。それから、マグはちゃんと洗っておいて。」
わたしは最後まで聞かずに部屋を出た。
そして急いでキャリーケースに適当に服を突っ込むと、マンションを後にした。
公園の自販機でコーヒーを買い、ベンチに座る。
さっきの女、「ゆるふわ」って髪の、モデルみたいな顔の子だった。
真っすぐに切りそろえた前髪、黒髪ストーレートのロングヘアをただ適当にひとつに結んだだけの自分とは正反対。
同じ会社の、営業部で働くちょっと派手めの太一と自分とは、一緒にいても似合わない。
「そういうとこがいいんだよ。」
って、言ったのに。
今日泊まるとこを探さなければいけない。
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