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 次の瞬間、緋嶺は昨日と同じように景色がひっくり返り、背中を床に打ち付ける。短く呻いて鷹使を睨んだ。彼は緋嶺の攻撃した手を掴んでいて、床に押さえつける。 「……本当に、世話の焼ける奴だな」  上に乗った鷹使は無傷だった。ただ、鷹使の瞳は琥珀色ではなく、金色に輝いている。その瞳を赤く染めたくて、緋嶺はもう一度掴まれた手を鷹使に伸ばそうと、力を込めた。しかしビクともしない。  すると鷹使はまた緋嶺のジーパンのボタンとチャックを外した。また内蔵を掻き回されるのかと思って、力の限り抵抗する。すると、緋嶺の手を押さえていた手が少し動いた。 「緋嶺、止めろ。お前の罪が重くなる」 「罪って何だよっ! 俺はただ普通に暮らしてただけだ!」  緋嶺は叫ぶと、鷹使の金色の瞳がより輝いた。そして緋嶺を押さえつけたのとは反対の手で、そっと下腹部を撫でる。 「う、……あっ!」  緋嶺は大きく背中を反らした。そよそよと優しい風が吹き、同時にやはり臓器をいじくり回される感覚がする。しかしある箇所に触れられた瞬間、緋嶺はひくんと腰が震えた。初めてなのに覚えのある感覚は、緋嶺から攻撃の意志を削いでいく。 「吸ってもキリがない。なら自ら吐き出させるまで」  鷹使は言った。その言葉で、やはり口付けで緋嶺の力を吸っていた事が分かる。けれど吐き出させるとはどういう事だ、と鷹使を睨んだ。するとより強くその場所を触られる感覚がして、力の入った呼吸が、次第に甘く濡れていく。 「あ……っ」  自分でも驚く程甘い声が出たかと思うと、緋嶺は下腹部を見た。そこはやはり鷹使が手を置いて撫でているだけで、どうしてこれだけで、性器の奥を探られている感覚がするのだろう? と唇を噛んで耐える。そして、吐き出させるとはそういう事か、と緋嶺はやってきた感覚に背中を震わせた。  やがてやってきた波に大きく身体をビクつかせると、ダメ押しとばかりに唇に吸いつかれ、力を吸い取られる。 「おま……、この方法何とかならないのか……?」  落ち着いたから感謝はするけどよ、とぐったりして顔を背けると、鷹使は静かな声で、他に方法は無いな、と言う。 「……で、俺の命が狙われてる上、お前は依頼で俺を守らなきゃならない。だから帰れないし、どうせなら部下になれと?」  冷静になった頭で説明された事をまとめると、鷹使はそうだ、と返してきた。めまいがして目を閉じると、選択肢は無いんだな、と呟く。 「そうだな」 「……」  沈黙が降りた。緋嶺は長いため息をついて、うっすら目を開けると、鷹使は上に乗ったまま、こちらを見ている。 「……いつまで乗ってんだよ」 「……嫌か?」 「嫌に決まってんだろっ!」  すると、クスクスと笑いながら鷹使は緋嶺から降りた。その時にじゅく、と下着の中から水っぽい音がして恥ずかしさで消えてしまいたくなる。しかしまだ指一本動かせない。 「着替え、手伝うか?」  まだ笑っている鷹使は、からかっているらしい。緋嶺はいらねーよ、とぶっきらぼうに言った。  しかし、スッキリしたのは確かだ。その頭で考えて、やっぱり選択肢は無さそうだ、とため息をついた。 「……バイト仲間、良いヤツらだったんだよ」  不意に、緋嶺はそんな事を話す。会ったばかりで、しかも今の今まで緋嶺をからかってきた鷹使に、こんな事を話すべきなのかとも思ったけれど、止まらなかった。 「ホント、家族みたいな存在だって、思わせてくれたんだ。昨日だって、誕生日のお祝いしてくれて……」  家族がいなかった緋嶺はその存在に憧れた。大切にしたいと思っていたのに、突然、しかも強制的に別れを告げなければいけないなんて。 「もし、俺が戻ればアイツらも危ないんだろ?」 「……そうだ」  何せ相手は人間ではない。どんな手段で来るか、分からないからだ。緋嶺は目頭が熱くなって、目を閉じ長いため息をつく。 「……バイト先と住んでいた場所は、俺が何とかしておく」 「……」  緋嶺は腕で顔を隠した。 ◇◇  それから緋嶺が動けるまで回復するのを待ち、着替えて──何故か緋嶺用の下着類は用意されていた。多分連れて来た時に買ったのだろう──行先も告げられず車に乗り込んだ。  そしてぶすくれた顔で同行しているのだが。 「お前、そんな顔で客前に出るなよ?」  俺の部下なんだからな、と運転する鷹使は言う。  鷹使の仕事とは何でも屋。いわく付きのものを処理したり、訳あり事件を捜査したりする、本当に何でも屋だ。と言っても、ほぼそういった依頼はなく、犬の散歩や老人の相手、家具や建物のちょっとした修繕などが主らしい。 「アンタこそ、そんな冷たい顔して客商売なんてやれるのか?」 「当たり前だ、俺を誰だと思っている」  鷹使は当然のように言った。緋嶺は面白くなくて頬杖をついて鷹使を見る。やはり天使と言うには、いささか……いや、かなり冷たい容姿をしているな、と思った。天使はみんなこうなのだろうか? 「なぁ、天使ってのは、みんなアンタみたいにいけ好かないのか?」  嫌味を込めて言ってみても、鷹使は動じた感じもなく、冷静に答える。 「俺がいけ好かないなら、天使は皆、いけ好かないだろうな。俺らの一族は、よそ者を嫌うから」 「ふーん……。でも母さんは父さんとその、……したんだろ?」  直截的な言葉を使うことは躊躇われ、緋嶺は誤魔化した。その様子を、鷹使は子供だな、と笑う。緋嶺はカッとなって、そう言うお前は何歳なんだよ、と睨んだ。見た目には人間で言う三十代に見えるけれど、本当は老いぼれなんだろ、と挑発した。 「そもそも人間の年齢に当てはめるのは無意味だぞ」  そう言って笑われ、ますます緋嶺はムカついて、そーですか! とそっぽを向く。何だかからかって遊ばれているようで、緋嶺は居心地が悪くなり、早く目的地に着かないかな、と思った。  すると、鷹使はポツリと呟く。 「お前の母親は……人間が持つイメージ通りの天使だった」 「……え?」  意外な言葉に、緋嶺は振り向いた。鷹使は運転中なので前を見ているけれど、口の端が上がっている。  そもそも、どうして両親が出会う事になったのだろう? 鷹使は知っているのだろうか? 不可侵だと言うのに、どちらかがそれを破ったに違いない。  緋嶺はそれを聞こうと口を開きかけたところで、鷹使の車は民家の庭に入っていく。どうやら目的地に着いたらしい。  そこはやはり昔ながらの家という佇まいで、土地はかなり広く、庭には畑があった。そこには白菜やカブ、大根などが植えられていて、どれも立派に育っている。 「常連の大野さんだ。……行くぞ」  緋嶺たちは車を降りた。
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