月をあつめて

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 そして、私に一瞥をくれると、また大きな音を立ててドアを閉め、ドシドシと出て行った。  勉学せざるもの、食うべからず。  そう言った信念の親父だ。  もう慣れっこだ。  やれやれと思いつつ、私はムーンウオーターを取り出した。  それを机に置き、椅子に座った。  親父に殴られた方で頬杖をつき、もう片方の手でボトルのコルク部分をなぞる。 『失恋にも効く?』  さっき出会ったジェームス似の男のことを思い出した。  カッコよかったな。煙草も似合って。  その煙草で、親父に根性焼きしてくれないかな。  そしてそのまま、私を連れ去ってくれないかな。  ああいうことを聞いてくるってことは、失恋したてなのかな?  失恋でもいいから、恋がしてみたいな――。  ふう、と息をつき、私は瓶を開けた。  こくこくと、中の水を飲む。  特段味はしないけれど、どこか神秘性を感じる。  浄化、運気UP、それに――。 “決別”そんな意味を持つ。  早くあんな親父との生活から、決別したい――。 “役者になりたい”――兄貴はそんなことを言い出した。 “馬鹿言うな。母親のミーハーかぶれがそう言わせるのか!?――親父はそう罵った。 “子どもはあなたの操り人形じゃない!!”――母親はそうブチ切れた。  そして家庭は崩壊した。  兄貴は高校を卒業した後、上京して劇団に入った。  母親は兄貴について行った。  私は置いてけぼりになり、親父とのふたり暮らしを余儀なくされたのだった。  母親は私のことを置いて行ったのだ。  元々、両親は再婚同士。  兄は母の連れ子、私は親父の連れ子だったから。  私の実の母は私がちいさい頃に、男を作って出て行ったらしい。  実母に関して何の記憶もない。それは幸か不幸か。  とにかく私は、親父から逃れられる術はないのだ。  まだ高校2年生。  今日も勉強の合間に、月を見上げながら願いを飛ばす。  親父から離れられますように。  そして、いつか王子様が現れて、夢に見るような幸せな家庭を築けますように。
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