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「日本へようこそ。私のことは東郷とお呼びください。それで通りますので」
堂に入った敬礼をする白髪混じりの頭は、彼がそれなりの地位にあることを物語る。スーツ姿だが立派な体格は隠しようもなく。制服組の上位者であるのは間違いあるまい。
「部屋にご不満はありますかな? あればお申し付けください。私の権限で対応いたします」
秘匿された厳重な隔離の元、ガイアはひとつの部屋へと通されていた。3つ星ホテルのスペシャルスイートほどの広さと設備。
普通なら『羨ましい』と思える生活かも知れないが。
「不満も満足もない。ここにいろと願うのであればそのようにするだけだ」
ガイアに特段の感情は現れない。
「24時間体制で監視がつくことを、ご容赦頂きたい。何しろ世界が大混乱に巻き込まれるのは避けたいもので」
「『じっとしていろ』それが君たちの願いであれば、私はそれを与えよう」
ガイアはすっと黒い革張りのソファーへ腰を降ろした。
「それと当面、あなたと会話をするのは私だけになります。部屋には掃除などの者が入室しますが、話しかけなぞは何卒ご遠慮頂きたい」
他愛のない世間話とて、何か大きな変化に繋がる危険があるからという念押しだ。
「『お前以外と話をするな』お前がそれを願うなら、私はそれを与えよう」
ガイアに不満そうな様子はない。
「が……」
ぼそりと、ガイアが天井を見上げた。
「この世界は欲望で渦巻いているのではないか? 世界がどんどん『狭く』なり、エゴとエゴが衝突を繰り返して収拾がつかなくなっているのでは?」
「……今、世界では大変革が起きています」
東郷が壁際のテレビをつけた。
画面の向こう側では学者が並行世界の概念について熱心に解説している。チャンネルを変えると、暴動で火に包まれる宗教施設の姿が捉えられていた。
「常識が常識ではなかったと人類は突きつけられてしまった。何が当たり前で、何を信じていいのか。もう誰にもその答えはありません」
「何故争わなければならない? 何故、私に人類の幸福を願おうとしない? 私にはその力があるというのに」
僅かばかり悲しげにも見える目付き。
「あなたの力が真に公平だからです。何かが何かに化けるだけで、得る物の代わりに失うものがでる。現代人はすでに多くのものを持っていて、それらを失うことを恐れるのです」
東郷がテレビを消した。何も成さない真っ黒な板がそこに鎮座していた。
「……得る喜びより失うを恐れるか」
「これはあくまで『例えば』ですが」
東郷がガイアの対面に腰を掛ける。
「日本は地震大国です。だがそれがいつ何処にやってくるのか、誰にも予測できない。あなたの持つ力で、それを予測することは可能ですか?」
「何らかの電磁波を使ってそれが可能になる位相へ遷移させることは可能だ……が」
ガイアが東郷の顔を正面から見据えた。
「結果的に政治的混乱を生む未来しか、私には見えない。それでもよければそれを与えよう」
「ま、そうでしょうね。地価の乱高下、地域格差の拡大……全国民を巻き込んだ『土地ババ抜き』が始まると」
東郷が虚しく天井を見上げる。
「私も『一応聞いてくれ』と頼まれただけですので、そのように返答しておきます」
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