【公募落選作品】スカベンジャー

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「え、マジ?」  やはり妖の類かと思った。薄寒い季節の平日のこんな時間に、何をするでもなく一人佇んでいるなんて。さすがに今日は上着を着込んでいる。でも座り方まで先週と同じだ。 「なぁ、また居たんだよ、ベンチに」 「はぁ? 何が?」  主語のない状態で芽衣に伝えると、怪訝そうな顔をされた。 「男。外に。寒いのにぼーっとしてんの」 「そんな珍しい?」 「先週も同じところにいたんだって。高級車で乗り付けて。コピペしたみたいに」  乗り付けたところを見たわけではないが、再現したかのように同じ場所にヒミコが停まっていたから、間違いないだろう。 「華奢で、髪ちょっと長くて、眼鏡かけてる」 「はぁ。で?」  梁川が訥々と問わず語りを始めると、芽衣は面倒くさそうにしながら軽く相槌をうった。 「指長くて細くて、なんかちょっと高めの香水の匂いがする」 「見た目だけならまだしも、匂いとか言い始めたらキモいんだけど」 「手足もすらっとしてて。モデルみたいな」 「じゃあモデルなんじゃね?」 「あー、でもその線あるか、あんな車乗ってたらありえる」 「つうかそんなに気になるのってさ、もしかして」  早口に語る姿を見て芽衣は何かを言いかけたが、直後にラーメン餃子セットの完成を知らせるブザーが鳴り終了となった。  翌週もその翌週も、男はそこにいた。  服装に変化はあれど、座り姿勢も車の位置も寸分違わず、着せ替え人形のようであった。  しかしいるのは必ず木曜日で、月曜日にはいない。走人も疑ったが、それにしても定期的にそこにいた。  座り姿勢は変わらなくても、細かいところはもちろん変わっていた。缶コーヒーを持っていたり、スラックスだったりジーパンだったり。けれど車は暗がりでもわかるほど輝いている。観察点は枚挙にいとまがなかった。  最近のこの道路上における梁川の興味は、木曜日の男に絞られていた。例えるなら芸能人とファンのような距離感。日常に現れた星彩に等しい。 「そんだけ見てるってことはさぁ、惚れてんじゃん? 見ないでしょそこまで人のこと」  ある月曜日、芽衣がレジを打ちながら言った。梁川は一瞬にして声を出し損ね、そのまま数秒黙り込んだ。握った拳をレジ台に置き、がくりと首を垂れる。 「……惚れてるっていうか」  そして満を持して発せられた。 「すっげぇタイプ」
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