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芽衣は梁川を一瞥し、やっぱなーと言いながらレジ打ち作業を続けた。
好意を向ける対象が同性であることを、梁川は一度も隠したことがなかった。七去三従なんてものとも全く無縁で、根無草もいいところ。でもそうして生まれ落ちたのだから仕方がないと思っていた。伝法肌の自覚はあって、好みは自分とは逆の丹次郎タイプ。芽衣は全てを知っていた。どう転んでも男女関係になることがない安心感が、梁川との距離を近くしていた部分もある。
「やっぱなってなんだよっ、そんなわかりやすかった?」
梁川は動揺したが、芽衣の呆れ顔はびくともしない。
「バレバレだわ! このところそのおっさん? お兄さん? の話ばっかしてたじゃん」
「そんなことねぇし! あとおっさんじゃなくてお兄さんな」
「ってかさ、絶対声かけた方がいいって、せっかくだし」
つけ睫毛の密集した芽衣の目は輝いた。梁川は唇を尖らせその睫毛を見つめる。胸は僅かにざわついた。
「いいんだって。見てるだけで。知ってんだろ、俺がそういうのNGだって」
軽く笑って済まそうとするが、芽衣は食い下がる。
「知ってるけどさぁ、もう二十年も前の話じゃん。流石に時効でしょ」
「時効ねぇ」
芽衣の言うことも尤もではあった。
「時効時効、若気のなんとかってやつじゃん」
知ったばかりの言葉を使いたいかのように、重ねて得意げに言った。梁川はヘラヘラと笑い濁して、その場を切り上げた。
時効と言われた過去を思い返すたび、彼の胸は未だに胸にちくりとしたものを感じている。惚れた腫れたは疲れる。今は好みの男の姿を見るだけで十分だった。美術館の絵画でも観るようなもので、わざわざ中身まで知らなくていい。
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