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 首元にを感じた。背中に伸し掛かる体重。私はバランスを崩して前に倒れてしまった。来た。バケモノが来たんだ。遭遇したんだ、ついに。  じゅるじゅると耳元で聞こえる気味の悪い音。どんどん力が抜けていく。しっかりと握っていたナイフも懐中電灯も地面に落ちてしまった。動けない。抵抗できない。私は離れようと必死にもがくが、力が入らず、バケモノの力も強かったから体が動かなかった。 「やめっ──」  か細い声しかでない。弱々しい声では誰の助けも呼べない。快斗くん、と心の中で叫んだ。目からは涙が溢れる。あの日から流すこともできなかった涙が、今蓋が外れたように目からボロボロと零れ落ちた。大粒の涙がアスファルトに模様を作っていく。  「馬鹿だな」とでも言うように、月光が私を照らした。私とバケモノを照らした。顔は見えない。一体どんなバケモノなのかも見えない。ただ感じるのは首筋の痛み。噛まれている、というのだけ何となく分かった。  視界が朦朧になる。これは涙によってなのか、それとも生気が吸われているせいなのか分からない。 「楓から離れろ、バケモノッ!!!」  痛みから解放された。私は残っている力で仰向けになった。見慣れた体格をした男が何かを睨むように立っている。男は私の視線に近づくと、心配そうに私の顔を見た。 「夕……晴……?」  私の声に夕晴が泣きそうな表情をする。 「馬鹿野郎! 何でこんな夜中に一人で出歩いてるんだ! 俺がいなかったら、お前死んでたんだぞ! 分かってんのか、このアホ!! 間抜け!! 大馬鹿者!!」  私はポタポタと大粒の涙を流し「ごめん……」と謝る。夕晴は私の首筋を見て、すぐにポケットからハンカチを取り出した。 「ったく、お前の様子が変だったからもしかしたらと思ったけど。やっぱり……。血が凄い。このままじゃ危ない。首筋押さえてろ。急いでかえ──」  どうして気づけなかったのだろう。力が入らないせいで、感覚も鈍っていた。もう少し早く気付ければ。私は夕晴に襲い掛かったバケモノを見て、後悔した。  夕晴の首筋に噛みついたそのバケモノは、また勢いよくじゅるじゅると気味の悪い音を立てた。月光がそれを照らす。ドラマチックさを演出しているような皮肉めいたスポットライトだ。バケモノの顔がよく見える。私は目を見開いた。
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