2 シムリア国 軽騎甲車「山猫」165号機

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2 シムリア国 軽騎甲車「山猫」165号機

「国境を越えた。一日早いスルド領、ひと安心だな」  山猫のハッチから周囲を見渡した壮年のベルナドがつぶやくと、隣に蜂蜜色の髪がひょっこりと頭を出した。 「迎えが来ませんね」 「レムヒに指示された合流ポイントは先だ。エルダ王女様、夜はお休みくださいと申し上げたはずだが」 「こんなに揺れる車内じゃ眠れません」 「ならせめて頭を下げろ。撃たれたら死ぬぞ」 「歴戦の騎甲車乗りで大隊長まで務めたあなたが頭を出すなら安全でしょ?」 「俺が死んでも戦争は終わる。だが王女様が死ぬと目的を失った戦争であと何万人も死ぬんだ。だから頭を下げろ」  はいはい、と言いながら王女は車体に身を沈める。  欧州歴訪中のエルダ王女をシムリアが突如軟禁し、スルドとの戦端を開いて三年。王女を人質にとられながらスルドは頑強に抵抗し、戦争は泥沼化した。そのシムリア政権が三週間前に革命で崩壊、スルドは王女解放を条件に停戦を提案したが、政治が混迷して判断を下せない。スルド軍が迫る中、警護役のベルナドが王女をさらって混乱の首都を脱した。  山猫は道のない森や岩場も四本の脚体で移動できるが、旧式で今でも操縦できるのは老練の騎甲車乗りだけだ。自動偵察機を装い国境を越えるベルナドの狙いは的中したが、人質王女の冗舌は誤算だった。  不満そうなエルダが車内の狭い床を広げようとして、腰に当たる金属のメダルに気づく。 「これ何?」 「鉄くずだ。家を出る時に捨てたら、町会長に金属ゴミは水曜日だって注意された」 「ウソ。シムリア二等勲章でしょ」  わかってるなら聞くな、とベルナドは心の中で毒づく。 「俺はスルドと戦い三人の息子を失い、勲章とたった三日の休暇をもらって家に帰ったら妻が若い兵士と行為の最中だった。これで回答になるか?」 「……ごめんなさい、辛いことを思い出させて」  この女、いちいち気に触る。他人に気を使われるのが一番きつい。 「為政者がつまらん意地を張るから戦争になる。あんたを帰国させスルドに亡命、それで戦争は終わり軍生活もおさらばだ。前線に出ればわかる、戦争なんて人間のやるもんじゃないからな」 「人間が戦争をやらずに誰が戦争するのですか?」  そういう意味じゃねえよ、という台詞は飲みこんだ。
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