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5 「灰鼠」23号機
こちらは敵が見えている。敵にはこちらが見えていない。敵は都合よく橋を渡って止まった。
「いい子だ……そのままいろよ」
標的を中心に据え、ラームは車長の指示を待つ。
「射撃用意、狙点固定……ファイエルっ!」
カナタの声に、レバーを引く。轟音と共に砲の反動が機体を襲い、びりびりと震えた。
空を切る弾道音に続き、激しい爆発音。カナタが砲塔から身を乗り出し双眼鏡を顔に当てる。
「外したっ!」
草原には炎、周囲に黒土の穴。機体の破片がどこにもない。
「馬鹿なっ! この距離で僕が外すはずがない」
「山猫が動いた。サキ、機体を南に移動、第二撃の装填準備っ!」
エンジンが咆哮を上げ、森に隠れた街道を駆け降りて再び登る。車体が急停止すると、再びカナタが身を乗り出した。双眼鏡の先、広い牧草地に山猫の姿はない。だが隠れる場所は一つだ。
「山猫は水車小屋の裏です。用意……ファイエルっ!」
砲が二度目の火を噴いた。数瞬で爆炎が上がり、小屋は木っ端微塵に吹き飛んだ。
「見たかあっ!」
ラームが歓声を上げた。カナタは三たび双眼鏡に目を凝らし、山猫の破片を探す。小屋の燃えがらが赤い炎を噴き上げ、風に流され黒煙が薄れた草原を照らした。
「……いない?」
水車小屋にいない。ならば山猫は月下の標的を承知で手前の森に駆けこんだに違いない。
なぜ、そんな愚かな行動を採ったのか。
(高台を移動する作戦を見抜かれた――?)
瞬間、カナタの血の気が引いた。
敵には、こちらが見えている。こちらは敵が見えていない。
戦況は一瞬で逆転していた。
「山猫が接近中! 全速で南に退避、急いでっ!」
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