1.蛇島

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1.蛇島

 蛇島。  それは小さな島国に属する、離れ小島の名前である。  晴れた日には島の岬から本島の島影が見えるような近い距離にありながら、本島との間に交流はほぼない閉ざされた島だ。島内独自の自治がなされていると聞いてはいるが、港からここまで、人といえば、迎えにきてくれたエリンと名乗った彼女だけだ。  同じような平屋が両側に立ち並ぶ通りを歩きながら、落ち着きなく辺りを見回したセイラを、先を歩いていたエリンが振り向いた。 「どうしました?」  吹きすさぶ潮風にも乱れひとつしないひっつめ髪を軽く押さえるようにしてエリンが問いかけてくる。足首まできっちりと覆われた黒いワンピースの裾が風にはためいてはたはたと揺れた。 「あ、いえ、あの、人の姿が……ないなあと」  もごもごと呟いたセイラにエリンは、そんなことか、と言いたげに鼻を鳴らした。 「今、島内で生活しているのは三世帯です。この島は選ばれた者だけがいることを許された島ですから。本島のように無駄に人が多いよりもよっぽど住みやすいですよ」  吐き捨てるような声の響きが妙に気にかかった。あの、と言いかけたセイラに背を向け、エリンはすうっと前方を指さした。 「あそこが今日からあなたに働いていただくモリガン様のお屋敷です。急ぎましょう」  まっすぐに伸びた上り坂の先、尖った屋根と黒々とした石壁を備えた洋館がこちらを見下ろすようにして佇んでいた。 ──蛇島。  セイラが閉ざされたこの島を訪れることになったきっかけ。  それは双子の妹、アイラの死だった。
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