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それは心中にも似ている
川が逆さに流れる日は、一日だけ若返るらしい。
そんな噂が本当だとして、人間がたった一日若返ったくらいで何の意味があるのだろう。
昨日までは、そう思っていた。
「……逆さだ」
今日が、その日だった。川が逆さに流れる日。下流から上流へ、すべてをのみ込みそうな水が流れていく。橋から身を乗り出して眺めたそれに、畏怖すらもおぼえる。
若返りなんて意味がないと思っていたけど、意味があった。
一日若返る。つまりそれは、一日戻るということだ。
昨日死んだ僕の恋人――チカが、そこにいた。
「会えると、思わなかった」
チカは、僕を見ると切ない笑顔をこぼして駆け寄ってきた。僕はたまらなくなって、チカを強く抱きしめる。
「チカ……」
僕が呼ぶと、チカは一度だけ目を丸くして、それからすぐに安心したように僕の背中へ腕を回す。
夢みたいだ。チカにまた会えた。きっとこれは、神様がくれた奇跡。あまりにあっけなく死んでしまったチカと僕が、ちゃんとお別れするための、最後の数時間。
はっきりと覚えている。チカが死んだ時間、午後4時44分。不吉なゾロ目はやはり不吉だったのだ。
今日の同じ時間まで、僕はチカと一緒にいられるんだ。
「チカ、デートしよう、いつもみたいに」
「うん。それ、最高」
チカの笑顔は、なんだか少しだけいつもより違って見える。それは、後悔というフィルター越しだからかもしれない。君はすばらしく尊い存在だったなんて、今さら僕にわからせる。
とにかく僕は、残された最後の時間を、目一杯楽しむことに決めた。それはいつもどおりに、今までどおりに、なんでもない日常のように。幸せだった頃を思い出しながら。
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