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◆
最後は、いつもの公園。
僕らが出会った場所。僕らの一番、大切な場所。思い出のベンチで、終わりを受け入れよう。
ポケットには、昨日渡すはずだった指輪を忍ばせてある。本当は、ちゃんとプロポーズしたかったんだ。
二人の未来を見届けてもらうはずだった、婚約指輪。悩んで悩んで悩み抜いて、チカが好きそうなデザインを選んだ。
僕らの未来は、ないことが決まっている。それでも、渡したかった。指輪を渡して、僕らの最後を飾ろうと決めた。
「ケイタ、今日は楽しかったね」
「そうだね。とっても」
渡すなら、今だ。今しかない。
こうしている間にも、時計の針は4時44分に近づいていく。
「チカ――」
「ケイタ、私ね、ケイタのことが好きだよ」
「……うん、僕もだよ」
チカが囁いた、愛の言葉。それと共に僕を襲う――違和感。
本当は、ずっと思っていたんだ。しかし、気づいちゃいけない。気づいてしまえば、奇跡の一日は無意味なものになってしまう。
だから、このまま知らないフリをするんだ。
僕が指輪を渡して、僕からキスをして、時間になって、それでおしまい。僕らのお別れはそれでいい。
「チカ、これ……受け取ってよ」
「えっ……」
チカは指輪を見て、少しだけ複雑そうに顔をゆがめる。けれどすぐに顔をほころばせ、僕の瞳をじっと見つめた。
「うれしい!」
チカの手を取り、指輪をはめてやる。寝てる間にきちんと測ったはずなのに、指輪のサイズは少し大きかった。
「ありがとう、ケイタ……これからも、ずっと、一緒だよ」
チカは僕の首に腕を回し、顔を近づける。柔らかそうな唇が僕の口に触れようかというその瞬間、耐えきれず僕は、チカを突き飛ばした。
「……君、誰?」
チカじゃないその女は、突き飛ばされたままの体勢で地べたに座り、顔をしかめて黙りこむ。
……なんでバレた? と、そう考えているようにしか思えない。
「チカだよ……ケイタが先に、そう呼んだじゃない」
「チカは、自分からキスしたりしない」
「……それは、だって、指輪なんて渡されたから、うれしくって――」
「指輪だって、昨日は受け取らなかっただろ! うれしいなんて言うはずない!」
そうだ、うれしがるはずがない。チカは僕のことを拒んだんだから。本当は気づかないままでいたかった。チカはきっと昨日のことなんて忘れてて、僕のことを好きなんだって信じたかった。でもこの知らない女が、チカを騙るなんて許せない。
時計の針が、近づいていく。
4時44分、僕がチカを殺した時間へと。
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