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◇
僕らが幸せだったのは本当だ。
でもその形はだんだんと、じわじわと確実に、均衡を欠き歪になってしまった。
「少し片付けて」
僕は片付けなんて苦手だ。
「帰る時間は連絡して」
いちいちそんなの面倒だ。
「勝手に触らないで」
せっかく一緒に暮らし始めたのに。
チカは前みたいには優しくなくて、だからこそ僕は焦った。早く僕のものにしなくちゃいけない。
「結婚しよう、チカ」
狭いアパートの一室だ。ロマンティックでもなんでもない。でも僕なりに考えたつもりだ。チカはきっと、こんなプロポーズでも喜んでくれるだろう。
なんでもないふうに言ったけれど、僕だって内心は緊張している。指輪を差し出した手だって、情けなくも震えてしまった。
「……本気?」
チカは、冷たく言い放った。
「……え?」
何を言われたのか、僕の理解が追いつく前に、チカのため息が思考を阻害する。
「ケイタ君、私のこと好きなの?」
「あっ、当たり前だろ! 二年も付き合って、同棲までして、たった今プロポーズしたんだよ?」
「……あっそ。私のお願い、ひとつも聞いてくれないくせに。自分勝手だよね。ありのままの自分を受け入れてくれる、見た目が好みのお人形が欲しかったの? 早く自分のものにしたかった?」
図星。いや、図星なんかじゃない。僕はそんな、クズみたいな思考で生きてない。そう、思い込みたかった。僕は反論できず、言葉が出ない代わりに拳を握りしめる。
「残念だったね。私、お人形じゃないから。ケイタ君のものにはならないよ。結婚なんて絶対しない。ちょうどよかったよ。私はね、今日、別れ話がしたかったの」
信じない。信じない。信じない。チカが僕にひどいことを言うはずない。
「気づかなかった? 部屋から私のものがどんどん減ってるの。まあ、気づかないか。興味ないもんね。私が掃除してても、片付けてても、何してても、知らんぷりだもん。もう、いなくなる準備はできてるんだよ」
チカは、何も言えない僕を見て、呆れたように笑う。
「じゃあね、さよなら」
それを聞いた瞬間、僕は――
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