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僕は怪盗である。
でも、盗むのは金や財宝、ましてや人の心なんていうどこかの大泥棒じみたものじゃない。
僕が盗むのは時間だ。厳密にいうなら人の目を盗むといった方が早いかな。
僕が誰かの目を盗んでいる間に依頼者が目的を遂行する。僕の事をただの囮だと呼ぶやつもいるけど、そんなかっこ悪い名前で呼んでほしくはないね。まあ、時間を盗む対象が警察官だったりもするから大っぴらには言えない仕事なんだけど。
そんな胡散臭い怪盗の僕に一人の少女が訊ねてきたのは、やけに肌寒いある月夜だった。まるで鎌みたいな鋭利の三日月が真っ黒な夜空に浮かんでいたことを妙に覚えてる。
絵本の中から出てきたかのような純白のワンピースを身に纏う彼女は、出会って挨拶もなしに要件だけを口にした。
「あなたが今まで盗んだ時間を私にちょうだい」
思わず目が点になってしまったよ。目が点になるなんて表現は古臭いかもしれないけど、語彙力のない僕にはこれしか浮かばなかったんだから仕方ないじゃないか。
「お嬢ちゃんは、どうして時間が欲しいんだい?」
僕は20センチくらい離れた彼女の身長に合わせるように腰を折ってから訊く。はたから見たら園児を宥める保育士にしか見えないだろう。
「病気だから生きる時間が短いの。私は死にたくない。だから、あなたが盗んだ時間を分けて」
彼女はいたって真面目なトーンでそう言った。死への恐怖で頭がおかしくなったわけではないみたいだ。
しかし残念なことに、僕は超能力を使えるわけじゃない。所詮、怪盗のまがい物にすぎないのだ。僕は彼女の目を真っ直ぐ見据えてから、頭の上に手を乗せた。
「ごめんね。僕は人に時間を与えることはできないんだ。だから、お嬢ちゃんを助けてあげることもできない。お嬢ちゃんが一日でも長く生きられるように祈っているよ」
すると彼女は、一瞬悲しげな表情を作ったあと、「そう」とだけ呟いて、どこかに行ってしまった。どうにもできなかったにしても、一抹の寂しさを覚えずにはいられなかったな。
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