卵とタヌキと人間社会

4/8
前へ
/8ページ
次へ
子どもを視界に入れてすぐ、ポコタは土下座した。 化けタヌキは人間と同じ姿勢を取ることができる。二足歩行もお手の物だ。土下座ができないわけがない。 土下座をするポコタを見て、子どもは感嘆の声をあげた。 「わ、すごい。芸達者なアライグマさんだね。動物園から逃げて来たの?」 普通の動物は土下座をしない。芸達者とか動物園とか、そういうレベルの話でもない。単純に、あり得ない状況なのだ。この状況でも目の前の人間は平然としている。 この子どもは頭のネジがゆるんでいるのかもしれない。 「心優しいお方!命を助けてくださってありがとうございます」 「アライグマが喋った……」 子どもは口を開けたまま固まっている。驚いたのだろう。叫び出したり、逃げたりしないところは、肝が据わっていると褒めてもよいところか。 さて、この後はどうしたものか。 目の前の子どもは特に逃げるそぶりも、ポコタに危害を加える様子もない。ただ驚いているだけに見える。 子供向けの童話のようなシチュエーションに持ち込めばこちらのものだろう。良いことをした人間には何か恩返しがあるというのが昔話のセオリーである。助けた動物を無下にはしないはずだ。 「私はタヌキのポコタと申します。20年以上生きて、最近化けタヌキになりました。森から下りてきたところをカラスに襲われたようです。貴方様が助けてくださらなかったら、今頃死んでいたでしょう。貴方様は命の恩人です」 ポコタはこれでもかというくらい丁寧に挨拶をし、目の前の人間を持ち上げた。 これに気を悪くする人間はいないだろう。 「えへへ……」 案の定、目の前の子どもは褒められて照れている。 単純な人間は騙しやすい。ますますポコタにとっては好都合だ。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加