えぴ3

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「お客さん、もしかして学校の先生?」 「はっ…ど、どうして…?」 学校の話や生徒の話は出してないはず…突然言い当てられて素直に動揺してしまった。 店員はやはりニコニコしている。 「まず、格好がお堅いでしょ?休日に白シャツは真面目過ぎるよー。それから、せっかくの旅行なのに全然楽しそうじゃない。だから先生なんだろうなって思ったんだ。」 意外とちゃんと相手を見てるんだな…。 いつの間にかフランクな話し方をされているが嫌な気分じゃない、むしろ聞き慣れている。…聞き慣れている?初対面なのにな…。 「あ、ああ、その通り私は教師だ。」 「やっぱりそうだ。それならこのタイプとか、こっちの大容量タイプはどうかな?こんなに入るけど、新幹線でも持ち運びしやすいよ。それとも軽い方がいいかな。」 「………。」 瞬時に提案されたものは、正直どれも素敵だ。色も好みで、機能性ばっちり。だがどうしてだろう、この胸のモヤモヤは… 「…お客さん、やっぱ直しましょう。」 「はっ…?」 「壊れたスーツケース。ボディの損傷どれくらいですか?今急ぎの仕事ないし、1週間あれば直せると思います。フレーム歪んでたらもう少しかかりますけど。」 「な、直せるのか…?」 「ええ、修繕費一万円くらいかかりますけどね。」 予算十万で想定していたから、安すぎるくらいだ。いやそもそも、直せる…?愛用のトランクケースが直せると聞いて、途端に心は晴れやかになった。そうか、モヤモヤの正体はこれだったんだ。 「その、長い棒が当たって結構ヒビが広がっているのだが…。」 「ん、それくらいなら余裕っすね。それじゃ持ち込み何日にします?受け取りは郵送か、ここで引き渡し?」 プロだ…そう思った。仕事に慣れている。 感動についていけず、まごまごと単語で話しても店員は決して急かさなかった。 安心して話していると店の奥から店長らしき人の声が響く。 「ササキぃ!三連休どこに入れるか決まったかー?」 「あ、ちょっとすいません。まだですー!早く決めた方がいいですかー!」 「来月まで待つー!」 「分かりましたー!」 店の端と端で会話して…まあ他に客もいないから私が気まずく思う必要はないか。 「お待たせしました、じゃあ、これでいきましょう。」 「あ…」 爽やかな微笑みを向けられると、心がザワつく。これで、もう会えない。キャリーケースの受け渡しが済めば店員と客の関係どころか、全くの赤の他人になってしまう。 嫌だ…。 胸の奥がザワザワする。緊張、動揺、鼓動、焦燥…この感覚をどう表現すればいいか、数人には全く知識がなかった。よし…人生経験を総動員して、覚悟を決める。
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