えぴ34

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突然だが今ここで願い事が叶うなら、予定時間までベンチに座って腰を労りたい。 だが修学旅行に来た全生徒の安全と命を預かる教師の数人にそれは許されない。 ややおぼつかない足取りではあるがジェットコースターの列にも並ばず、お土産広場にも入らず、映えスポットでも足を止めず各エリアを規則正しく巡回する。今日も腕に腕章を付けて、責任持って辺りを警戒する。 年末が近いためかカップルが多い気がする。 生徒に悪影響与えそうな昨日のやんちゃのような輩はまだ可視範囲にはいないことに、一旦安堵した。 だが全てのエリアを1周したところで、入口付近に残ってる生徒がいることに驚きを隠せなかった。皆がテーマパークの奥へ奥へと駆け足で行くから入口にまだ誰かいることは思考の範囲外だった。 歩み寄ると彼はクラスの学級委員長、毛利 学楽(もうり まなぶ)だった。植え込みのあるベンチに腰かけ、テーマパークの中で参考書を開いているのは園内広しと言えど彼だけだろう。不思議な光景に首を傾げつつ、声をかけた。 「毛利、体調が悪いのか?グループ行動はどうした。」 数人の接近に気づかなかったのか顔を上げると丸眼鏡の奥で毛利は目を真ん丸にさせた。 それから意見を提案する時とは違い控えめな声で彼は呟いた。 「僕はジェットコースターとか酔いすぎて吐いたりしちゃいますし、人が多いところ苦手で…。グループの皆にもここに残るから皆で回って来てほしいと頼んだんです。」 色々邪推してしまうが彼は芯が強い。自分の意思で残ったことに偽りはないだろうと信じた。それから少しの間葛藤したが、数人は教師として行動することにした。 「毛利、君の意見が聞きたい。グループメンバーに連絡して私の巡回を手伝ってくれないか?」 「えっ…いいんですか!」 断られることも視野に入れていたが予想以上に毛利は喜び、すぐに参考書を閉じた。 「君がいれば心強い。だが覚悟しなさい。一生の一度の修学旅行がこれでいいか?」 「これ以上幸せなことはないですっ…!」 毛利は頬を赤くして、今にも先に巡回してしまいそうな勢いだ。よっぽど巡回を手伝いたかったのだろうか。 「では連絡しておきなさい。」 「はい!分かりました!」 すぐにメンバーに電話して数人と毛利は巡回を共にする。巡回は単独の予定で…英護が見たらがっかりするだろうか。不安は尽きないが、教師として大人として、いや安堂数人として生徒をここに残すことは出来なかった。 「余りの腕章だ、付けなさい。」 「はい!安堂先生!」 なるべくゆっくりと辺りを見られるよう歩を緩め、巡回を再開した数人一行だった。
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