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書類、OK。報告書、完了。明日の授業の準備も出来ている。先生方は既婚者も多いため、毎年飲み会はなんとなくないのに、今年はやたら教頭先生が幹事をやりたがっていた。
しかしやはり家族で過ごしたい先生はお断りするし、数人もしつこく誘われたが「従兄弟の迎え」という体裁が効いて逃げることが出来た。結局飲み会はなくなったが、教頭だけは裏口に「関係者以外立ち入り禁止」の立て看板を立てたりと不満があったらしい。
だが今日はそんなこと関係ない。後は英護にこれから向かうことをメールするだけ…
「安堂くんぅ…」
「っ」
いつの間に…背後から顔を寄せていた教頭が携帯を覗いていた。まだ待ち受け画面だったがその距離の近さに驚いて椅子を引いたため机が腹部にめり込んだ。
「な、なんでしょうか教頭先生。」
普段は淡々と対応する数人もこの時ばかりは声が震えていた。それなのに教頭は引かず、張り付いた笑顔でニコニコするばかり。不気味でしかない。
「申し訳ないんだけど、このファイル整理してもらえないかな。ワシはもう帰らないといけないんだ。」
彼の声がねっとりとナメクジでも這うようなのはまだいい、職員室中に聞こえるようハッキリ話していることには何か理由があるのだろうか?
気になるところだが、早く終わらせて帰りたいので従うことにする。
「はい、資料室ですか?」
「ああ、いやいや旧館の方の第三資料室だ。」
「旧館、ですか…。」
旧館の棟はほぼ資料館みたいな扱いで、生徒はおろか教師も立ち寄らない。夏には心霊スポット扱いで深夜に忍び込む生徒が多数いるが、ただの資料の集合場所だ。
わざわざそんな人気のない場所に行くことはさすがの数人も警戒を示すが、教頭はこれからお帰りになるなら大丈夫じゃないか?と思う。ここでごねるよりとにかく早く済ませたい。努めて愛想良く対応する。
「分かりました。行きます。」
資料を受け取ると何故か手を撫でられた。すぐに引いたが、教頭は大きな声で背中を叩いてくる。
「いやいやすまない、助かるよ。ワシはこれから帰るから、後はよろしくな!」
「はい、お疲れ様でした。」
立ち去る教頭に座ったまま一礼するも、内心渋々だ。とりあえず英護に「旧館で資料整理してくる、少し遅くなる」とメールして荷物をまとめ、すぐ帰れるようにしてからファイルを持って旧館を目指した。
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