えぴ56

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えぴ56

交通安全法に則りつつ愛車をかっ飛ばし、最短で入店出来る薬局の駐車場へ左右を確認して歩行者の安全を把握してから緊急駐車。 タイマーをセットする時間はなかったため体感時間であるが残り時間は23分程度だろう。 正直自分でも冷静なのか焦っているのか分からない。とにかく刻々と時間が迫っていることは理解しているし、思考に時間を割くことよりも与えられた命令を達成すべく体を動かすことを優先している。 ジャケットは羽織っていないがシャツとネクタイ姿のまま背筋を伸ばし堂々入店。夕方から夜に移行しつつある時間のためか客は少ないがパッと見渡すだけで老若男女が穏やかな買い物を楽しんでいらっしゃるようだ。 「………。」 おっと入口で観察してる場合ではない。まずはいつもの通り買い物かごを右肘にセットし、いつもの軟膏売り場へ…違う違う、そうだ、て○がだったな忘れてた。 踵を返し堂々と回れ右をする。 確かそういうコーナーが実在することは知識として有している。ただなんとなく恥ずかしく、周囲の視線を恐れて「そういうの興味ありませんから」面して避けていた。しかし存在感を放つそこは、視線を遮るように設置されているにも関わらずめちゃくちゃに目立っている。案の定すぐに特定した。 「ぐっ…」 これはっ…予想外だ! 数人は右腕と左腕で顔を隠すように、自ら視界を切るようにポーズした。 なんだこの種類の豊富さは…!筒型、チューブ型、卵型と各種ローション等々が揃えられている。卑猥だ、通い慣れた薬局がこんなに卑猥だったなんて今まで知らなかった…! いやいや、そんなことしてふざけてる時間はない。あくまで体感だが残り時間はおよそ20分。まごついてる場合ではないのだ。 とりあえず真ん中に配置されてるチューブ型が1番の売れ筋と判断し、顔を覆っていた右手で腫れ物のようにサッとかごの中に入れるミッションに成功した。このままかごを置いて帰りたい。それは店員さんに迷惑か… 落ち着け数人、こんな場所でウロウロと動揺していたらどう見ても不審者だ。店にセッティングされ公正な値段で販売されてる至って普通の商品、いわばコーヒーを買うのとなんら変わらない。ただこれが性的用途に使用されるってだけで。あれ、コーヒーと違うな。 いやいやいや考えるな、考える時間はない! すっくと立ち上がり、迅速に財布を取り出しレジへ向かう。何食わぬ顔で、コーヒーと間違えたってことにしよう、これはコーヒーだ、だから恥ずかしくない。これでいこう。 「何っ…!?」 思わず喉の奥から絞り出すような声を漏らす。レジまで距離6m40cmのところで数人の足が完全に止まり、苦悩に歪んだ眉のシワに一筋の汗が伝う。 とうとう運に見放されたか…!どういうことだこれは、レジスタッフが若い女性だ!! 限られた時間を浪費してあらゆる行動パターンでシミュレーションしてみたが全て結果は同じ。「おっさんが若い女の子のレジでて○が買うのはキモすぎる」だ。分かってる、これはれっきとした商品、金銭を支払えばなんてことはない、合法の商品。脳では理解しても理性が拒絶している! きっと額に汗を垂らしたオッサンが女の子のレジで謎に鼻息荒くしながら性的用途に使用するオモチャなんて買おうものなら最悪極刑かもしれない。少なくとも「キッショ」と1%でも思われるかもしれない、という妄想で深く傷つくくらいには耐えられない。 こうなったら仕方ないプランBだ! 再び踵を返し、商品を完璧に元の位置に戻し、入口で買い物かごを置いて急ぎ退店。 残り時間は…体感19分!
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